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10月21日(金)肥料の山を崩して別の場所に運ぶ作業をしました。
移動後平らになった肥料の山の後
9時から、竹チップを圃場に掘った穴に入れる作業を30分程行い、先日行った作業の続き、肥料を天神に運んで小豆畑に撒く作業を1時間程行った後、広場と呼んでいる休耕地に積まれていた肥料の山をそっくり別の場所に移す作業を14時まで行いました。
移動した肥料の山
肥料というのは、刈り取った大豆を土の上に一年放置しておいたものです。時間は、魔術師ですね。ただ置いておくだけで、刈り取り後の残骸が土を豊かにする肥料となるのですから。勿論、微生物の働きが組成変化に決定的な役割を果たす訳ですが、時間という要素、人間の視点で言えば、待つ、という行為が別の意味で決定的な事柄だと思います。
大豆を土の上に1年積んだだけの肥料
この枯れた大豆の残骸の山は、肥料となるばかりでなく、底の土を微生物豊かな有機土壌に変えています。他に実践されている方もあるかとは思いますが、この方法はお世話になっている農家の方が年月を掛け、独自に到達した有機農法です。

“有機“と名の付くものを買ってきて、作物を育て、有機農業です、と名乗る方もいるようですが、有機農業が循環型(=sustainable)である、であるべきだとするなら、そこにあるもので賄おうとする努力、探求が求められると思います。

農業とは、環境を整える作業であって、収穫を最大化する土の収奪では無いように思います。


居心地が良いのでしょう。肥料の山を崩していると、カブト虫の幼虫が沢山出てきます。

「鶏の餌にするか。動物淡泊が足りないから」
「命を全うさせてあげましょうよ。子供集めて、カブト虫取りでもやったらどうですか」
「どうなのかな。肥料の鶏糞が、全くの自前で出来るようになるかもしれないよ」

こんな会話を農家の方としました。
肥料の山に居たカブトムシの幼虫
私たちが生きている世界は命の連環だと思いますが、人間の立ち位置は行為によって変化していきますので、何をするかの判断は自分が考えて来た程シンプルなことじゃないな、と考えさせられました。

14時過ぎに稲刈りした後の田んぼに行き、稲株の周りの土を掘ってスコップ一杯分の土をリヤカーにどんどん放り入れ、田んぼの低いところに運び撒くという作業を16時30分まで行い、天神に戻って16時45分から17時15分まで広場の草の刈残しを刈払い機で刈って、一日の仕事を終えました。
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10月17日(月)肥料撒きをしました。
草を除きこれから取り崩す肥料の山
午前中、麦が良く育たなかったため大豆を植えずにおいた天神の圃場に肥料を運び、テミに入れ手で撒く作業をしました。肥料は、my大豆畑の横の畑の畔際に積み上げて小山になっている、中から鶏の小骨が出てきたよく分からないものでした。多分竹チップを積んで、半年ほどおいて醗酵させたものだと思います。
取り崩した肥料の山
農家の方に何故骨が出て来るのか聞いても、以前飼っていたヤギがどうのと言われて理解できなかったので、話の途中で聞くのを止めました。ここにあるもので出来ている循環型の有機肥料、だということ以上に、今、私が詳しく知る必要は全く無いので。
肥料を運ぶ耕運機リヤカー

肥料を運んだ耕運機リヤカーと肥料を撒く痩せた圃場
午後1時間程、この圃場と小豆の育ちが悪い別の圃場に肥料撒きをした後、広場と呼んでいる休耕地の草刈りを17時過ぎまでしました。


my大豆畑の大豆が色づき始めました。
色づいてきたmy大豆畑

my大豆そろそろ収穫
来月は、収穫と脱穀で忙しくなりそうです。
10月10日(月)農家の方が会員の方と行った、枝豆の会のお手伝いをしました。

朝、先ずは畑で間引きをし、間引いた野菜を水洗いしました。
間引く前
間引く間隔が妥当なのかどうか良く分かっていないので、間引きになっているのか疑問ではありますが。
間引いた後
その後、会員さんが捥いだ朝取りの枝豆を、じゃぶじゃぶバケツで洗う作業を2時間程行いました。
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枝豆茹でる

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最後に、枝豆を食べ昼食を終え、ゆっくりされた会員さんたち数名のサツマイモ掘りに同行しました。

途中、畑と田んぼに寄りました。ピーマン畑では、農家の方がとても嬉しそうに話していました。伝えたくて伝えたくて、誰か捕まえては話している。そんな感じ。不耕起と水田との輪作に、かなり手ごたえを感じているようです。

会員さんたちのシェア田んぼでは、豊かに育った稲を見て会員さんたちがとても嬉しそうでした。

会員さんたちを見ていて、芋を植え、芋を掘り、田植えをし、草取りで日焼けしたり、少しでも作物に直接関わっていると「生きてる感」がちょっとだけヴィヴィッドになって来るんじゃないか、と思いました。

10月7日(金)秋雨。肌感覚では冬の雨の中、草刈りをしました。

寒かった。

9時30分から11時過ぎまで、天神の畑1枚、一人モアで草刈り。
秋雨の天神 草刈り前

秋雨の天神 草刈り後
濡れて凍えた体で、天神と農家宅の中間点にある、整備したての草茫々の畑に移動。畔を12時まで、刈払い機で草刈り。雨の中、上だけ着替えて車の中へ。

髪の毛を拭き、車内温を28℃にして暖を取りました。下も穿き替えたかったのですが、長靴を脱ぐのと狭い車の中での着替えが面倒(流石に雨の中で丸裸にはなれません)なのと、上着程濡れていなかったので、そのまま昼休憩を取りました。

全て着替えるべきだった、と思います。1時間の休憩で、体が冷えてしまいました。車から外に出ると、雨の冷たさは左程感じませんでしたが下半身が冷たく感じられました。

午後、続きを13時から15時30分まで行い、作業は完了。ずぶ濡れ。そして、体は冷え切ってしまいました。

今度は上下着替え、30℃まで車内の温度を上げて、16時に畑を離れました。

体を内から温めようと、夕食はキムチ鍋+熱燗。
秋雨の草刈りで寒くて凍えた体を温めるキムチ鍋
「寒かった。寒かった」と言いながら、鍋をつつきお酒を飲みました。「あぁ~寒かった」
10月3日(月)畑の高い所の土を削り取り、低い所へ運ぶ作業をしました。

土地整備事業者の不備を、使用者である農家が尻ぬぐいをする。スコップを使った土方仕事。農作業で使わない筋肉を使うので、結構体に来ました。

午後は、場所を移して草刈りです。昨年小豆を植えた畑に、今年は勝手に小豆が生えていて、その小豆を残して草を刈る作業です。小豆が倒れていて刈るのが難しく、草を刈っている積りが何時の間にか小豆の幹を切ってしまうことが度々あり、楽しくない仕事でした。
勝手になってる小豆が休耕地を小豆畑にしている - コピー
それにしても、何か不思議な感じを覚えました。農業は、人が主体となって、計画的に行うものだと思います。しかし、輪作を避け休耕している場所に、作物が育っているのです。勝手に生えている小豆が、休耕地を小豆畑にしてしまっている。面白い。

作物って、何だろう?人間が、その生活のために、育種し、栽培し、収穫する、植物。そうなのでしょう。専ら人間の営みの対象物と見做しているようだけれど、必ずしもそうではない、のかもしれないと不図疑問に思いました。そこには、人智を嘲わらう何かが潜んでいるのかもしれない、と。
鈴なりのピーマン - コピー
帰りがけ、竹チップを肥しにした不耕起のピーマン畑を見せて貰いました。例年なら、もう既に枯れてしまっているのに、今年は未だ花を咲かせ実がなっています。実は小ぶりとはいえ沢山なっていても枝が垂れ下がることは無く、実に力強い。農家の方が「40年で初めての経験。生きてるうちに見られて良かった」と言っていました。
ピーマンの花 - コピー
不耕起+竹パワー、が作物に想像を超えた力を与えているようです。竹チップは人為ですが、不耕起は作物の自力が問われる人為と言えるかもしれません。草と共生し、自らを常に鍛える日々を送っていると、いつの間にか生命力が高まっていくのかもしれません。
次期外れでも未だ実をつけている不耕起のピーマン - コピー
その小さなピーマンを丸ごと食べました。美味しかった。ピーマン。今まで、中を取って調理し食べていましたが、全て食べられるんですね。私は、60年で初めての経験でした。
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