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連休中に、家族で二十世紀少年最終章‐ぼくらの旗を見ました。

原作とはかなり趣の違うものとなっていました。“いじめのお話”に矮小化された感が無くもなく、話としてはすっきりとしたもののスケールダウンしたかな、というのが率直な感想です。

「ともだちになってくれる」と聞かれて、映画のケンヂは「友達なんてなろうって言って、なるもんじゃないぜ」と言えなくなってしまいました。

「人類の進歩と調和」が詰まる所ともだちの友民党なのかという笑えない笑い話や権力の本質にある薄っぺらさとそれ故の底知れぬ恐ろしさ。こうしたものも見えなくなってしまったように思います。

ところで、高橋幸宏のビリー。かっこよかった。やきとり屋のおやじが、一万人を前に次の日ベースを弾いている。これぞ“人生の達人”。

日曜朝、ミートソース・スパゲッティ。
日曜、朝、ミートソース_090927
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今日はとてもよい天気。中学のソフトボールの試合を見に行きました。

1アウト、3塁に走者。指示があったのでしょうか、バントの構え。3球、4球、5球と見送って、三振。その直後、選手はベンチ前に立たされ、大声で怒鳴られていました。3回、4回と続けざまに「なんで、打たないんだ。」

確かに、バットに当て、ボールを転がさなければ、何も起きません。その回は、結局無得点に終わりました。

しかし、怒鳴られて、その先に何かあるのでしょうか。

一緒に見ていた子供が、言っていました。ダメなチームと下手なチームは違う、と。

今日出来ないのは、よい。が、明日は、出来るようにしなくてはいけない。
怒らず、焦らず、一つひとつ確実に。

頑張りましょう。

今日は、鶏肉ときゅうりの炒め物。塩と生姜であっさり味に作りました。
鶏肉ときゅうりの炒め物_090917
梁山泊の親分の中に、黒旋風の李逵という印象に残る人物がいます。

極めて単純な人間で、考える前に手が動き、あっと言う間に人を次々と殺してしまいます。「天上の天殺星・・・下界の衆生の業が重すぎるため、罰としてこのおとこを下し、殺生させている」のだそうです。

欲がなく純粋な人間が苦もなく人を殺していくことが可能だと思うと、生というものの軽さに愕然とします。

その軽さを知り、執着を捨てて初めて、人は何事かを為せるのでしょう。


煮物が食べたくなったので、作ってみました。イカとじゃがいもです。
いかとじゃがいもの煮物_090913
先週は40年前にタイムトリップしたので、酷く疲れました。

今日は1日かけて、のんびりカレーを作ることにしました。やりたいなと思う何かをしていると心が安らぐからでしょうか、体を使っていても疲れがほぐれていきます(ま、大した肉体労働ではありませんが)。不思議ですね。

そして、鍋を火にかけながら読書。岩波文庫水滸伝第1巻。訳者はしがきにこんな文章がありました。

「(中国における小説は)民の娯楽として発生し、・・・まともな書物としては取り扱われぬものであり、また小説自身もそうした扱いに甘んじたのであった。ただそれが娯楽として成立するためには、深く人生の真実に触れることを必要としたのであり、或いは、人生の真実を写すことを意識とする史伝の文学よりも、より多くの真実が写されているであろう。」

作為(意識)が働くところでは、何も見出せないのかもしれない。

ヴァージニア・ウルフが、ミセスダロウェイの中で言っていたことを思い起こします。
「Does brain matter?」
(頭がいいか悪かが、生きる上でそんなに重要なことなの?)

カレーができるまで、ちょっと一息。じゃことピーマンを軽く炒めてみました。ビールのつまみに。
じゃこの炒め物_090906