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毎日新聞の時代の風で、精神科医の斎藤環がシンガポールの開発独裁について触れています。

これを読んで、昔のことを思い出しました。ヒラリー・クリントンが北京で人権について演説したことに対して、シンガポールで乗ったタクシーの運転手がこう言ったのです。「人権なんて糞食らえ。金にならない」

開発独裁とは、経済成長を目的に政治的自由を制限することです。当時は、ヒラリーのパフォーマンスに対する野次ぐらいにしか思っていませんでしたが、経済効率優先の国家体制に深くビルトインされた国民の自然な発言と見ると、ぞっとさせられます。

システムが機能していると、部品は部品として、ひょっとすると自らが部品であることにも気付かずに静かに摩耗して行きます。選択肢はありません。そうして、スピードに追い付けなくなったら、取り換えられて終わります。

シンガポールの国民一人当たりGDPは、日本を上回っています。私たちが為すべきことは、世界のGDP競争に勝つために成長率を上げ、再びシンガポールを抜くことなのでしょうか。

自由について考え、人について考え、新しい経済システムを創ることではないでしょうか。

家族はそれぞれの理由で外出。私一人。暮れに頂いた小豆島うどんでお昼。
小豆島うどん_20100131 4
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小沢さんが任意聴取に応じ、取り調べは新たな段階に入りました。

古い政治体質を代表すると思われている小沢さんと冤罪を問われている検察が、生き残りをかけて死闘を繰り拡げようとしているように見えます。政党であろうが官僚であろうが、既得権益を守ることしか考えない権力側の内部抗争に意味があるとは、私には思えません。というより、私たちの将来を思うに有害なのではないかと考えます。

第一次大戦後のドイツでハイパーインフレが起こり、その後深刻なデフレが続き、この危機がファシズムによって脱出されたことは、皆さんご存じのことと思います。

日本航空が会社更生法の適用を申請しましたが、既存の秩序が最早維持できないことは誰の目にも明らかです。権益を守るために貴重な時間、資源を浪費していると、最も大事な「人」を犠牲にして、社会のみがその残骸を引きずっていくようなことにならないか、とても心配です。

政治に振り回されない、自立した生活。人と人との信頼の輪を礎とした、皆で生活を守っていくようなネットワークを築きたいと思っています。これから起こるかもしれない大きな経済的混乱に耐え、健全な社会を作るために。

おしるこ、作ってみました。疲れたら、甘いもの。
おしるこ_20100124
「検察とどうぞ戦ってください」

ご存じのとおり、鳩山首相の発言です。行政府のトップが発言すべきことなのか、首を傾げざるを得ません。

「法と証拠に基づいて粛々と捜査するだけ」とある検察幹部は語っているとの報道がありましたが、首相としては「法と証拠に基づいて、公正な捜査を行ってください」というべきかと思われます。小沢幹事長を本当に信頼しているなら、結果で示せる訳ですし。

しかしより重要なのは、こんなことにエネルギーと時間を費やしている場合ではない、ということではないでしょうか。既存の社会、経済構造が破綻に瀕し、少ないお金を効率的に使って、未来を築くための大事な1年なのですから。

渋谷の松濤で野菜売を手伝っている学生さんの実家のよもぎもち。いただきます。
よもぎもち_100117_3
今年は、お金について考えていこうと思います。

貨幣と神は幾分、似ている。両者ともわれわれがそれを信頼するがゆえに、ただそのゆえにのみ存在する、とどこかに書いてありました。

バンク・オブ・イングランド総裁であったサー・ヨシア・スタンプはこう言っているそうです。
「銀行業は不正と言われ、罪を負って生まれた。この世は銀行家のものだ。彼らから所有するものを取り去っても、彼らに信用を創造する力を残しておけば、ペンを軽く動かすだけで、彼らはこれを買い戻すに十分な貨幣を創りだしてしまうだろう。彼らからこうした力を取り去れば、どのような高貴な財宝も消え失せ、彼らも消え去っていくはずである。そうすればこの世は住むべき世界としてもっと幸せで、よりよいものであるだろう。だが、あなたが銀行家の奴隷であることを望み、あなた自身が奴隷制度のコストを負担しようとするなら、銀行家に貨幣と信用をコントロールさせなさい」

デフレが進行していますが、私たちは景気を論じるのではなく、パラダイムシフトのために何を為さねばならないのか、具体的なプログラムについて知恵を出し合う必要があるのではないでしょうか。

お金の支配から脱却するために。

正月の疲れた胃には、七草がゆ、ですね。
写真_090107_七草かゆ3
あけましておめでとうございます。

二日、今年は例年と違いちょっとだけ家族と別行動。母と叔母と三人で一夜を過ごし、正月の一種特殊な雰囲気の中で、静かにいろいろなことを話しました。

人はどこからか来て、時の流れに乗ってどこかへ連れられて行きます。時代はうねり、激しく渦巻いていますが、一瞬、流れが緩やかになり、外部の喧騒を隔離し、三人をゆったりと運んでいるような、そんな時間でした。

今年は、寅年。元の文字は「春がきて草木が生じる状態を表した形」とされ、寅は動くを意味します。活動の年。大きな変化の年となりそうです。

激動に飛び込む前、暫しの静寂。大事な人との大切な時間。
勿論家族ともおせちを食べながら、時を共有。よい正月でした。

我が家のおせち。栗きんとん、田作と煮物。家内の手作り。ありがとう。
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