FC2ブログ
先週、未来へ向けて何をすべきかを考えるシンポジウムに、参加しました。

そこでパネリストの一人が、100年前人類が夢として描いていたもので、技術が可能にしながら実現しなかった、あるいは一旦実現させたが捨ててしまったものが結構ある、と言っていました。

夢の実現には「実現させる意欲」が、何よりも必要なのですね。

想いを持ち、その想いを実現させるために五感を働かせ、頭と体を動かすものを「人」といい、その戦略の時系列的なプロセスを「人生」と呼ぶとすると、“未来”は不確かな明日ではなく、人と人生の極めて具体的で重要な要素となります。

明日をデザインし創っていくことを、日常としたいものです。

今日は、かつ丼。作ったのも食べるのも、5年ぶりかな?
かつ丼_20100322 4
スポンサーサイト



「わたし」とは他者の宛先であると、ある本に書かれています。

その意味を十分に理解してはいませんが、父親の入院や、最近起こった周囲での様々な出来事を通して、改めて強く意識するようになりました。人は、全くの孤独においては、人となり得ないと。

内から湧いてくるチカラとリズムに満たされた自律的な完全体として「わたし」というものを捉えようとしてきましたが、間違いだったようです。他者との関係性の中にこそ、「わたし」の決定的な契機があるのかもしれません。

これから病院に行きます。

看病という家族や家庭が放棄しつつある現場に、慰問者として。

その前に、子どもとお昼。春キャベツ、新玉ねぎ、ツナを梅肉と塩で味付けた、ちょっと春の味のする焼うどん。
焼うどん_20100321 3
病人の状態も安定したので、久しぶりに一日かけてちょっと遠出をしました。

茨城の八郷。

幾つか農家を訪問し、お話を伺いました。農業に縁のない私には、知らなかったことばかり。きゅうりをかぼちゃの根株に接ぎ木することや、1本収穫したらまた横に芽が伸び実がなり、幾らでも獲れること。トマトは水をぎりぎりまで与えないで、渇きに耐えさせると甘みが増すこと、等々。

研修用の有機野菜農場で働いている20代後半でしょうか、東京から移住された若い夫婦が「夜もよく眠れるし、知的でかつ体を動かせる素晴らしい生活の場」だと、笑顔でおっしゃっていました。その笑顔が、とても素敵でした。

畑で「有機だから、そのまま食べられます。どうぞ」と言われ、ちぎってその場でいただいた小松菜が、めちゃくちゃおいしかった。

若い人たちの笑顔に接して、、確実に未来はある、と感じました。

子供が焼いたクッキー。私のためではないけれども、自ら作っていることを嬉しく思います。
クッキー_20100314 2
父が救急車で運ばれ、入院しました。

心筋梗塞です。緊急手当てをして頂き、血管が詰まった処に金属管を挿入し血行を回復させ、何とか一命を取り留めました。

その晩病室で一晩過ごし、翌日仕事に戻りました。

担当医の話を伺った後、病室で父の様子をしばらく見て、用意して頂いたベッドに横になり、朝までの4時間うとうととしました。酸素吸入のためのマスクを付け、点滴を4種血管に繋ぎ、血圧・脈拍を計測している術後の父の横で寝ているので、様子が気になり、ちょっとした物音にも立ちかけるのですが、それでいて不安感もなく、妙に落ち着いた気分でした。

必要な時に、その場に居ることができること。

小さな閉じた空間に二人でいて、私は、静かに満たされていました。

いわしのつみれ汁。退院したら父に作ってあげよう。
いわしのつみれ汁_20100308