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大相撲を巡る諸問題は、中々終焉しないようです。

最近では、誰だかが横綱審議会を「昭和の遺物」と形容し、関係者間でちょっとした口論がありました。

よくは分かりませんが、相撲が、江戸時代以降、一貫して同じ興業スタイル、庶民の中での位置を保ってきたとは思えません。時代時代で在り方が異なっていたように思います。“伝統”なる看板を背負った人たちが守らなければならないものはたくさんあるのでしょうが、人の本質は不変ではなく揺らぎや変化にあるので、頑なに全てを維持していこうとすることは、好ましいことではないように思います。

海の外から人を連れてきて、自分たちの意に沿わないから批判し、相手にしないような風潮には反省すべき点があるように思っています。異物を体内に取り込むなら、自分が変わらなければならないことを覚悟すべきです。

明日を生きるために、過去に縛られるのではなく、過去を生かすことを考えたいと思います。

サーモン、ホタテ、ベビーリーフのサラダ。
一塩のお酢とオリーブオイルでさっぱりと。
サーモン・ほたて・ルッコーラ_20100830 5
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興南高校が春・夏連覇し、夏の甲子園は幕を閉じました。

私は仕事で観戦できませんでしたが、かつて高校球児だった子供が見ていて、内容のある素晴らしい試合だと言っていました。結果からは分からない、よく鍛えられた選手たちの質の高いプレーが随所に見られたのだと思います。

ところで、対戦相手、東海大相模の一二三投手は試合前「つぶれても構わないので全力で投げる」と言っています。前日157球、前々日153球投げているのでこのような発言をしているのですが、体を壊すために試合をしているようなことを未来有る高校生に強いるべきではないと思いました。誰もしませんが、こんなことを言ってはいけない、と実は叱るべきことなのではないでしょうか。「感動をありがとう」では、あまりに無責任な気がします。

これは美ではなく、醜だと私は思います。

より長いスパンで、より他人を魅了しかつ本人が充実できるような人生の戦略をこそ、喜びをもって、皆で共有したいものです。

まぐろをお酢で〆るのをテレビで見たので、挑戦してみました。
塩でいただくのですが、あっさりしていて、結構美味しかった。
〆まぐろ_20100823 6
今日は8月15日。第二次大戦の終結から、65年が過ぎました。

外圧に屈し鎖国を解き、支配する側に割り込もうともがいて65年。行き着いたところは、原爆の被弾、アメリカ合衆国による占領。その圧倒的影響の下で同年の時が流れ、経済で覇を勝ち得ようとしたがバブルは弾け、夢は消え去りました。目先の利得を追うだけのヴィジョン無き暴走。米は小麦に駆逐され、食料自給率は40%に低下。私たちは、一体今、何をしようとしているのでしょうか。

戦争を国際問題の解決手段として当たり前のこととして行う時代は、原爆に代表される大量殺戮兵器の出現により、終焉していると思います。仮想敵国の脅威を声高に唱え、いつまでもアメリカの核の傘の下で走狗となっているべきではないでしょう。

私たちの未来は、競い奪う、敵対し、垂直的な関係に結果する思考、行為を退け、異質なものを受け入れ、互いに敬意を表し、協調し、水平的な関係を構築するその先にあると思います。

マイケル・サンデルの「正義」が評判のようですが、人が人として生きる意味を考え、世界のあちこちで、その通りに日々を送ることができる具体的な方法論を皆で考えませんか。

戦争に向き合うというのは、そういうことではないでしょうか。

酒米でなく、普通の米で作ったお酒があります。結構美味しい。
つまみに、えび、いか、トマトをオリーブオイルで炒めました。
えびいかとまと_20100815 2
8月6日。広島で行われた平和祈念式典に、米国代表(ルース大使)が初めて参加しました。

エノラ・ゲイ機長の子息ジーン・ティベッツさんは、「無言の謝罪」「何をしたいのか。戦争は終わった。放っておくべきだ」「我々は戦争を終わらせた」「歴史の書き換え」等と批判の声を上げたそうです。

一方、遺族代表として参加した方からは「米国代表が来ると聞き、とても嫌な気持ちでした」「外国の方のことは関係ない。両親と亡くなられた方々のご供養だけを祈りに来ました」と別の意味でネガティヴな反応があったようです。

ヒロシマの被爆と非戦闘員が大勢亡くなり、生き残った人々も後遺症に苦しんできたことは、厳然たる事実です。

私たちがしなくてはいけないことは、原爆投下の是非について論じることではなく、この事実を以って、今も世界のどこかで起こっている同様の悲劇を繰り返さないための具体的な方法論を創造することではないでしょうか。

利害を追い求める政治に頼るのではなく、人としての叡智とそれを守り育てようとする人々の意思の連帯を形成していかなくてはならないと思います。

先週は未だ青かったとまとが、赤く色付いて送られて来ました。
バジルとお酢とお醤油のドレッシングで、サラダパスタに。
とまとのスパゲティ_20100808 4
「裸はいつから恥ずかしくなったか」という本の書評を読みました。

江戸時代、男女混浴は当たり前。更には、入浴後、裸で家まで帰ることも特に不思議なことでは無かったといいます。裸体は顔と同じで、隠すものでは無かったようです。

これを問題視し、日本人は野蛮だ、淫猥だと騒ぎたてたのは、勝手にやって来て未だに日本をかき回している西洋人です。“読み進むうちに、記録を書く外国人の裸体感のほうがよほどおかしく思えてくる。あんたたちすごく関心を持って混浴風呂通いをしているじゃない。隠すことによって関心をより掻き立てる、対象じゃなくて、視線のほうが淫猥なんだよ、と言いたくなる」と書評にありましたが、その通りだと思いました。

裸は恥ずかしいという今や当然になってしまった基準が、疑わしいものに思えてきます。

価値とは、ただの思い込みに過ぎないのかも。

先日、群馬県利根町の農家にお邪魔しました。
未だ青いとまと。いつ食べごろになるのかな?
利根町のとまと_20100722 5