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退団の意向を公にしたマンチェスター・ユナイテッドのルーニーが、一転して残留することとなりました。

「赤字経営のマンUの将来に原因がある」と指摘したのは原田公樹ですが、アーセナルのベンゲル監督が「このニュースには最初から興味がなかった・・・ルーニーのようなケースは・・・どこのクラブでも毎週のように起こっていることで、何も特別なケースではない」と語っていることと合わせ考えると、単なるマネーゲームに周囲が一喜一憂しただけのことだったのかもしれません。

世界のサッカー界のトップに君臨するマンUは2005年に米国人実業家に買収されましたが、その費用は全て借金で賄われ、その利子だけでクラブの年間利益を上回ると聞きます。昨年は、7960万ポンド(約103億円)の赤字を計上したと報告されました。

昨年までプレミアリーグに所属していた創立1898年のポーツマスは、プレミアのクラブとして初めて本年2月に破産申請を行ない管財人の下に置かれ、今、クラブ存続の危機に瀕しています。

管理不能となる程巨額のマネーが投下され、スポーツを蝕み、人を苛んでいるように思います。

旬のきのことささみをホイルに包み、蒸してみました。
きのことささみのホイル焼き(酒、味噌、醤油)_20101024 3
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チリの落盤事故で地底に閉じ込められた33人が、無事生還しました。

先ずは皆様に、おめでとうございます、と申しあげます。

今回の救出作業が、計画性、実行力ともに素晴らしいプロジェクトだったと感心する一方、幾つか考えざるを得なかったことがありました。

まず、33人のこれからの人生が大きく変わるだろう、ということがあります。作業員の親族が、1回のインタビューにつき約4万ドル(約325万円)を要求することを決めたと新聞に書かれていましたが、そこには「普通の暮らしに戻りたい」と言っている方がいるとも書かれています。金は人を変え、場合によっては人生を狂わせてしまします。あの天才ナポレオンでさえ、群がる親類に栄華を貪り取られ、最後は流刑に処されてしまったのですから。

そして、ジャーナリズム。各国メディアがこぞって報道し今まだ追いかけている理由は、取り残された作業員の生還という、極めて印象的なドラマ性にあります。しかし例えば、この事件の本質が「鉱山の事故」であって救出劇ではないとすると、日常に興味を見出せない衆愚へのエンターテイメントとしての俸士がその役割でないなら、メディアの過熱には問題があるように感じられます。

日本でも、嘗ては地下に潜り過酷な労働に耐える人々が、大勢いました。その後経済成長を遂げ、産業構造が変わり、先進国と言われてはいますが、新しいトレンドに乗れず将来像が描けないでいる国の人間としてチリの現実をどう受け止めるべきか、そこには何か大きな問いが隠されているような気がしています。

一連の事件から、恐らく私たちは、多くの真実を学ぶことができるはずです。しかしそれは、静かに事実を見つめ、深く考えることからのみ得られるものだと思います。

エビのすり身揚げを作りました。中華料理店でいただいて、
美味しかったので20年前に挑戦したことを思い出しながら。
エビのむき身揚げ_20101017 5
先週、日本の化学者、鈴木章さん、根岸英一さん、中国の民主活動家劉暁波さんのノーベル賞受賞者が決まりました。

受賞した根岸英一さんは、夢は叶う、とおっしゃっていました。文脈から切り取った4文字について発言することは危険なことなので割り引いてお読みいただきたいのですが、受賞のために化学研究をするものなのだろうかと、違和感を覚えました。陸上競技者が一位でゴールテープを切ることはチャレンジすべき夢でしょうが、智の研鑽は競技ではなく、自己の探求であり同時に人類への貢献だと思っています。

坂村健東大教授は、近年ますます、選考基準が社会への影響力重視に傾いてきているらしい、と多少否定的なトーンで書いています。智というものが、生活に役立つ応用成果で価値評価されることに疑問を感じます。ヨーロッパにおいて、技術的な知識は智と鋭く対置されてきたと理解しています。アメリカの影響なのでしょうか。利便性の提供は生活の必要に応えるもので重要なことですが、智というものの意味するものが人の本質に潜む暴力的な欲望をコントロールし、持続的に人類という種を保持する力だとすると、一見何の役にも立たない基礎研究の重要性について顧みるべきであるように思います。

そして平和賞。政治の道具なんだと改めて思いました。

青山のマルシェで買った京野菜、甘長とうがらしと
鶏肉のささみを天ぷらにしました。
ささみと京野菜の天ぷら_20101011 7
ちょっと過激なタイルですが、新潮新書の一冊です。

お付き合い頂いている弁護士に勧められ、昨日から読み始めました。未だ30頁ほどしか読み進んでいません。読み終わってから、何か言え!と叱られそうですが、取敢えず一言。

先ず、死刑というものをどう考えるかについて、少なくとも2点考慮する必要があると思っています。即ち、
① 人は他人との関係で対価を求められるものだとして、死には死をもって償う以外に方法はない。
② 被害者は存在しないので、議論も検証もできない。

生き残った者、被害者に親しい者が何を言おうと、それはある意味、周囲の雑音に過ぎないということです。そして殺人を犯したことの無い人たちは、想像において事実、あるいは真実を語ろうとしている、ということです。

今週何とか読むよう努力して、筆者が何を語ろうとしているのか、それについて私が何を考えたか、来週、お伝えします。

市販の豆腐キットみたいなものを頂いて作った、自家製豆腐。
豆乳に、にがりを混ぜ、電子レンジでチンして出来上がりです。
自家製豆腐_20101003 1