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友人から、ガンジーの墓碑銘が届きました。

現代日本への警鐘です。

7つの社会的罪(Seven Social Sins)

理念なき政治 (Politics without Principles)
労働なき富 (Wealth without work)
良心なき快楽 (Pleasure without Conscience)
人格なき知識 (Knowledge without Character)
道徳なき商業 (Commerce without Morality)
人間性なき科学 (Science without Humanity)
献身なき崇拝 (Worship without Sacrifice)

最後の「献身なき崇拝(Worship without Sacrifice)」が特に気に掛ります。とても重い言葉だと感じるのですが、正直よく分かりません(Sacrificeの意味が理解できていません。どなたか、ご教授いただけませんか)。“熟慮と覚悟のない賛同は、災いを生む土壌ということでしょうか”と友人には返信しました。

「聖人になれと言われてなれなかった時、人は自分を恥じるのではなく、聖人を非難することで自分のふるまいのアリバイを作る」と「他者の苦しみへの責任」という本に書かれているそうです。非難することもまた容易い。多くは軽薄な攻撃であり、自分を守るために注意を他者に向けるための心なき戦術です。「他者の苦しみへの責任」とは、ガンジーの「献身なき崇拝」の裏返しなのかもしれません。

今の日本には“カリスマ”何々と称される人が、たくさんいるようです。
言葉が軽すぎること、とても気になります。

篠田から京の湯葉をいただきました。刺
身も美味でしたが、春巻も悪くないです
湯葉春巻き_20110530 8
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私たちは、何処から来て何処へ行こうとしているのでしょうか。

「バブル」と呼ばれた時期がありました。
「バブル」の前と後で、世の中はどれ程変わったのでしょうか。
そして、私たちの生き方は?

私は学校を卒業した後、証券会社に入りました。その頃、誰もその証券会社が2000年を前にしてこの世から消え去るとは想定していなかったと思います。

原発を巡っての政府・官僚や東電、そしてマスコミの在り様を「究極の後出し情報によって日本人を放射線慣れと核不感症にした・・・目隠しをして環七を渡っても車にはねられなくて大丈夫だったから、今度は環八も渡りましょうねと言っているのに等しい」と私の友人が批判していました。

今、大事なことは、ただ闇雲に「止めろ」と叫ぶことではなく、想定の内・外の、ぎりぎりのところを見定めようと皆が努力することだと思います。

人生はリスクだと、私はよく子供に言います。そのリスクを見極め、様々なオプションの中から選択し、リスクを意識しながら明日を生きて行く。そうして、結果を引き受ける。

人とは、そういうものだと思うし、そうすることによってのみ、人となっていくものだと思います。

乾燥なすと豚挽肉の味噌炒め。私は辛くしない
味醂と味噌。ご飯の友、ウイスキーの“トモダチ”
乾燥茄子と豚ひき肉の味噌炒め_20110523 7
原発作業員の方が、作業中体調不良を訴えた後間もなくして亡くなったと報じられました。

ご冥福をお祈りします。

私たちのために過酷な労働に挑み、そしてお亡くなりになられたその方が、負の遺産を清算し、日本の未来を切り開くために行った最後の仕事は自らの終焉に相応しい、と感じられたことを願うばかりです。

ところで、不謹慎な言い方ですが、この悲報は想定外だったのでしょうか。

お亡くなりになられた方は、一人しかいない勤務医の勤務時間外のため医師の初期手当を受けられず東電医療班の応急処置を受けた後、救助隊員の安全確保のために取り決められた手順に従って、先ず20km離れた救急搬送受渡場所へ運ばれ、常駐医に心臓マッサージを受けたが回復せず、最後に45km離れた病院に搬送され死亡が確認されたといいます。

事業にしろプロジェクトにしろ、一定の事態を想定し、それをコストとして数値化した上で実行する訳ですが、どうもその計画において恣意的にコストを削り、何か理屈を付けて合理化する傾向が、私たちには強くあるように思われて仕方ありません。

原発の安全神話もそうですが、一番大事であるはずの「人」そして「命」が軽んぜられているような気がします。誰かが犠牲になることを前提とした、あるいは含意された、経済優先的な思考法は常に自分が受益者であることにより成り立っていますが、その実、明日は我が身なのです。

大きな何かが起きないと、あるいは火の粉が自分に降りかからないと、私たちは何も出来ないのでしょうか。そしていつも「想定外」と言い訳をする。

もう止めましょう。私たち皆の未来を築くために。

今日は天気がよいので、トマトを天日干し
して、そのトマトでご飯詰めを作りました。
天日干しトマトの詰めご飯_20110515 2
被災地の復興に多くの人達が動き始め、様々な議論が為されています。

震災は、日常として遣り過ごしてきた事柄に潜む問題に向き合うことを、私たちに促しているように思います。その一つに、地方の問題があります。遣り過ごしてきたとは言えないでしょうが、補助金交付等で誤魔化してきたとは言えると思います。

経産省が2005年12月に発表した「2030年の経済規模予測」によると、震災により大きな被害が出た釜石、宮古、気仙沼の人口は30.6%、24.9%、24.9%、域内総生産は25.7%、16.5%、14%、それぞれ基準年の2000年に対して減少すると予測しています。一方で東京都市圏は、人口が0.8% 、域内総生産は10.7%増加すると見込まれています。

栄える首都圏と衰退する地方という構図をどう変えて行くのか。日本という国の在り様と私たちの生活に拘る根本的な問題が提示されています。

ここで気になるのが「日本経済は震災前から急速なグローバル化や人口減少への取り組みが遅れ・・・被災地も高齢化に直面し、農業や漁業は担い手の減少が続いていた・・・被災地の再生を新たな成長への突破口にする・・・いまこそ成長戦略を重視し、加速」するためTPP交渉への参加や法人減税を主張する太田弘子の論調にあるような、「成長」「効率」「大規模化」「企業主義」「グローバル化」等、今まさに人類の問題として問われている概念を基にした主張が、未だに幅を利かせていることです。

東大農学生命研究所の鈴木宣弘は言っています。「農地などが壊滅的な被害を受けたのを見て一部の識者は「今こそ大規模化の好機」「それを全国モデルにして・・・」といった議論を展開しています・・・災害によって可能になるような大規模化がどうして全国モデルになるのでしょうか・・・1戸辺り数百から数千ヘクタールの耕地面積がある米国や豪州の農業とはしょせん競争できません」「地域の中で自給的に支え合う生産システムこそサステイナブルであり、原油や食料の輸入が減るといった有事にも強い国づくりの鍵・・・人の命を守るには、大きなコストをかけてでも備えなければならぬことがあります。その備えのない状態で「効率」を競ってもほとんど意味がありません」

キーワードは「サステイナブル(持続可能)」「分散型」「スモールビジネス」「脱企業」そして「人と人々」だと私は考えています。

有元葉子レシピを参考に、なすといんげんの
オムレツを作りました。にんにく入りです。
乾燥なすといんげんのオムレツ_20110508 5
義父が、癌で入院しています。

先日病棟を尋ねた時「幻覚をよく見る」と言っていました。また、インターナショナル・ヘラルドトリビューンに掲載された白雪姫の漫画の話*をしたところ、「辞書を引くのが好きだった。今は辞書も引かず、忘れるばかりだ」とも言っていました。義父は、英語の教師でした。

肉体が癌に犯されることに、老いという別の要素が加わっていることは、当然ながら認識していました。しかしそれは、寝ていて歩けなくなる、といった肉体的な意味に於いてでした。

自ら築いた精神世界が崩れて行くことにじっと一人で耐えていると気付いたとき、ぐっとくるものがありました。

*白雪姫が、見出しにJapan Nuclear Radiationと書かれている新聞を手に持ち“Do you come from Japan?”と老婆に尋ねながら、虫眼鏡でリンゴを見ている漫画。

乾燥機野菜第三段、キャベツ、人参、
椎茸の炒め物。水っぽくならず、歯ご
たえがあり、おいしく仕上がります。
干しキャベツの炒め物_20110503 6