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ワールドカップ制覇。なでしこジャパンの快挙に、日本中が湧きました。

勝って、嬉しかった。感動の一日でした。

試合内容からすれば、正直、勝てるような試合ではなく、皆さん随分と気を揉まれたのではないかと思います。しかし、あの流れの中で、実力が無ければ点は取れません。数は少なかったけれども、得点まで持って行く崩しが出来たということは、技術があって初めて出来ることだと思います。

フィジカルに劣る日本が、パスサッカーで世界に挑み、結果を出したことを評価する論調があったことに、注目したいと思います。

決勝戦の2点目。ニアーで合わせた得点シーンは見事でした。宮間のパスの精度、澤の得点感覚、シュートの精度、そして二人の連携。全て技術に裏付けされた、一流のプレーです。誰かがコメントしたような、執念のシュートではありません。

技術でものを語ることが、私たちが明日を築いていくために、とても大事なことのように思います。

気仙沼駅。震災支援に行ってきました。
気仙沼駅 

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「がんばろう!日本」。震災以来、よく耳にする言葉です。

何を、どう、頑張るのでしょうか。

福島産の牛肉からセシウムが検出され、問題となっています。
「がんばろう!日本」の視点から、例えばこの問題を考えた時、私たちはどうしたらよいのでしょうか。

1回、2回の食事で人体に大きな影響は出ないし、牛をそのままにしておけないし、畜産農家にお金も入るし、食べるのが正解、と考えて「汚染牛たべちゃおう」運動を起こすべきでしょうか?それとも問題の本質について考え、「国土は広範囲に亘り、放射能汚染された。食の安全を最優先すべきだ。東北、関東、甲信越全都県で汚染検査を行い、事実確認を急ぐ一方で、国土の浄化と信頼回復のためのプログラムを策定し、10年後、30年後、100年後の繁栄を謳歌しよう」と国民向けに、夜な夜な檄文でも書くべきでしょうか?

はっきり言えることは、これは、福島県という地域の問題でもなく、畜産農家の問題でもなく、「放射能汚染という事実に、全国民が真正面から取り組まなければいけない問題」だということです。

チェルノブイリの事故では、ヨーロッパが広範囲に亘り放射能で汚染されました。ラップランドも汚染され、汚染された苔を食べるトナカイに放射性物質が蓄積され、それを食べる人間が食物連鎖により汚染されていきました。大人は食習慣を変える積りがなく汚染を覚悟してトナカイを食べますが、子供には別の献立を用意し汚染から守る、というテレビ番組を見た記憶があります。

目を背けたい事実を勇気を持って認識すること。そして、困難を具体的なプロジェクトとして特定し、国民全員がコスト負担をしながら履行していく覚悟が求められていると思います。「がんばろう!日本」とは、そういうことではないでしょうか。

その為には先ず、事実が公開されなくてはいけないと思います。農林水産省が屋内で保管された家畜飼料を使用するよう何らかの通知を行ったことを踏まえ、鹿野農相は「通知が結果として認識されていなかった」と発言したと報道されています。通知は、周知徹底されなかったということなのでしょう。当然広く公開されず、私たちには何も知らされませんでした。

内容空疎な掛け声や、言い訳は、もう止めましょう。
子供たちに対して、真面目に向き合いましょう。明日のために。

子供のおやつに、ホットケーキ・ミックス
の粉を使って、バナナケーキを作りました
バナナケーキ_20110717 3
<お知らせ>
福島から、新宿の都営団地に避難している人たちによる「相馬盆踊りの夕べ」が催されます。
日時 8月26日(金) 17時~
場所 区立西戸山公園(百人町3丁目)
屋台や運営のお手伝いの出来る方がいらっしゃいましたら、下記までご連絡下さい
  info@haruwarai.jp
宜しくお願いいたします
今日は、電車とバスで新宿から約2時間、東京都檜原村まで行ってきました。

目的は、廃校となった後、劇団の練習場を経て、有志に支えられ維持されている藤倉小学校のリニューアル。私の役割は、ペンキ塗と物置の片づけ。原発事故のため外で遊ぶことが出来ない福島の小学生を、夏休みの間預かろうというプロジェクトのための準備です。

福島出身の大工さん、森林保全NPOの方々、檜原村に移り住んでいる20代の若者たち。そしてリーダーの新宿区議会議員さん。様々な人が集まり、その場で役割を決め、手際よく作業を進めていきます。

目的を共有し、皆、それぞれが出来ることを粛々とこなしていく。
何とも気持ちのよい一日でした。

今日は、仕事、仕事、仕事?
前回作業の時に撮った写真です。
藤倉小学校リニューアル_20110626→ブログ0710 2
藤倉小学校_20110626→ブログ0710
トリアージ(Triage)という言葉を、ご存知でしょうか。

goo辞書によると「人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること。特記すべきとして、優先度決定であって、重症度・緊急度決定ではない。すなわち、人材・資材が豊富にある平時では最大限の労力をもって救命処置され(その結果、救命し社会復帰す)るような傷病者も、人材・資材が相対的に不足する状況では、全く処置されない(結果的に死亡する)場合があるということが特徴である」

現代社会は、資源の公平な分配を正義と規定し、この正義を根本義として構築・運営されています。

しかしながら、トリアージについて考えると、正義は実現しないのではないか、という疑念が湧いてきます。限られた資源をどの人間に用いるべきかの判断がなされる時、その基準は一意に決定できないし、取り残された人の苦しみは永遠に癒されないからです。

この疑念が強迫観念として強く働き、私たちは常に不安定な状態に置かれ、日々を充足していくことが難しくなっているように思います。

家内が、チーズケーキを焼いてくれました。日
常のささやかな喜び。疲れた心が安らぎます
チーズケーキ 3