FC2ブログ
カダフィ大佐が射殺されたと、報道されました。

映像はその場で撮られたものをリアルタイムで流したものという感じは無く、何か意図的に編集されているような気がしました。考え過ぎかもしれません。

最後の言葉は「撃たないでくれ。我が息子よ」

なんと身勝手なと思う一方、抵抗できない一人の人間を撃ってしまう人々の暴力に、人の本質にある闇を見る思いを強く持ちました。

一人ではできないことが、人々になるとやってしまう、できてしまう、という人の在り様と人間社会のメカニズムについて、よく考えてみる必要があると思います。

「独裁が百年続こうと無政府状態の一夜より良い」アラブの諺だそうです。

世界は今、極めて不安定な状態にあります。私は、アラブ世界の政権交代とギリシャの混乱、そしてヨーロッパの金融不安やウオールストリートでのデモを、一繋がりの事象だと見ています。管理可能だと看做してきた様々な事柄は実は的確にコントロールされていた訳ではなく、問題事項はゴミ箱にぶち込んで蓋をしてそのまま放置してきただけで、それらが腐り、ガスが発生し、隙間から漏れだし、今にも爆発しようとしているように思われます。

勝利を祝いたい気持ちも、劣化する生活のために政府や金融機関に反発を強め怒気を露わにする心情も分からないでは無いですが、ここは一歩引いて冷静になり、私たちが蓄積してきたはずの知の力を示す時ではないかと思います。

とうふの甘煮を作ってみました。甘めの
ものを食して、一息入れて、のんびりと
豆腐甘煮_20111024 4
スポンサーサイト



昨日、テレビでホテル・ルワンダを見ました。

食事の時間だったのですが、家内はこんな映画を見ながら食事はできないと言って、食べずに見ていました。

虐殺現場を世界に配信した白人カメラマンに「これで世界に事実を伝えられ、援助を得られる」と主人公であるホテル・ルワンダの支配人Paul Rusesabaginaが言うと「いや。大変なことが起こったと言いながら、食事を続けるだけだ」と申し訳なさそうに白人カメラマンが受け応える場面や、援軍要請が却下され、ルワンダ人が見放されたことを知った国連軍の大佐が「君はアフリカ人だ。二グロでさえない」と白人退避のための派兵を援軍が来たと勘違いしたRusesabaginaに告げる場面は、印象的でした。

そして、この絶望的な状況の中、彼が築いた人間関係と4つ星ホテルが有している筈の、しかし殆ど無に等しい国際社会との関係を辿りながら、1268名の命を救ったPaul Rusesabaginaの思慮と行動を凝縮した映像に引きつけられました。

Rusesabaginaは、自伝を書いています。そのタイトルは「An ordinary man(普通の人)」。

1994年のRwanda(ルワンダ)で起こったことは、普通のことではありません。彼が行ったことは、誰もができることではありません。しかし、恐らくPaul Rusesabaginaは、時に間違いを犯しながらも理性に従い判断を下し続けただけだ、それは普通の人が当たり前のこととして行うことだと言いたいのでしょう。

状況の如何に拘らず、“普通”のことを“普通”に行うことは、簡単なことではないように思います。故に、人々が日常において物事に的確に対応していれば危機は生じない、という含意を感じました。

すべきことを、当たり前のこととして行っているのか、自問の日々が続きそうです。

とうふのピカタ。燗酒の季節になりました。
とうふのピカタ_20111016 6
”Stay hungry, stay foolish”

亡くなったスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチの、ワン・フレーズです。スティーブ・ジョブズが何を思い、何を伝えようとしたのか正直分かりませんが、私はこの“stay foolish”というメッセージをこう解釈しました。

何か新しいことをやり遂げたら、そこで止まるな。出発点に辿りついたに過ぎないのだから。また手探りで、無防備な自分に戻ろう。秩序を求めるな。常識に埋もれるな。常に混沌たれ。そんな意味かな、と。

無防備でなければ、世界を味わうことは出来ないような気がしています。オープンであることは、未知との遭遇により自分を豊かにすることであると同時に、様々な異物に傷つけられることであり、時には毒に犯されるリスクを伴っています。そのぎりぎりの精神の闘い、鍛錬が、創造を生む源泉ではないかと思います。

賢治も言っています。小さな成功に閉じ込もり、生活の中に自分を見失うなと。

すこしぐらいの仕事ができて
そいつに腰をかけてるような
そんな多数をいちばんいやにおもうのだ

起業して、お金が出来て、世の中に幅を利かして、これが成功だ、とはならないでしょう。成功とは、先ずはより内面的なことだと“stay foolish”は示唆しているように思います。

ジョブズのレベルでは当然、成功とは”have changed the world“なのでしょうが、私のような凡夫は、諦めず絶え間なく努力することで、自己を成就すること=自己を革新することができれば大成功で、これを目指せばよいと思っています。

最後にもう一つ。大杉栄から学生時代に受け取ったメッセージ。
「出来ないことは、やってみよう」

“まんまる”の三原さんから教わったレシ
ピ。ツナ納豆の冷やしそうめんです。伯父
が育てたみょうが(秋まで収穫出来るんで
すね。知らなかった)をアクセントに。
三原さんのツナ納豆冷やしそうめん_20111009
「日本の大地震をお祝いします」

AFCチャンピオンズリーグの試合会場に持ち込まれた横断幕。全北現代サポーターが、対戦相手のC大阪に対して発したメッセージです。

この行為は、二重の誤りを犯していると思います。他人の不幸を弄ぶことで、チームをサポートするどころか卑しめていること。そもそもサッカーとは関係の無いことを、純粋な闘いの場である競技場に持ち込んだこと。

試合は、6-1で全北現代の圧勝でした。きっとサポーターは、横断幕の一件などどこ吹く風、大喜びで帰宅したことでしょう。

勝ち負けに一喜一憂することはスリルであり、スリルを満喫するために、サポーターは様々に意匠を凝らし、時には型破りなスタイルで自分たちを鼓舞し、相手を挑発します。それ自体は、きっといいことなのでしょう。精神を高揚させ、何かと一体感を感じることは、人にとってとても重要なモメントだから。

問題は、相手を傷つけたり、貶す行為によって、自分たちの優位を感じる情緒のメカニズムにあるように思います。

侵略と差別が根底にあるため軽々には論じられないことですが、常にフラットな地平、対等な関係において向き合い、競い、協力しようとする感性と意志がなければ、人は創造的で豊かな社会を築き得ないし、心底楽しむことも出来ないのではないでしょうか。

試合が終われば「ノーサイド」
これだな、って思います。

伯父さんの育てたじゃが芋で作
った、コロッケ。一味違う?かな。
磯部の伯父さんのじゃが芋で作ったコロッケ_20111002 5