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福島第1原発事故から9カ月。食品に含まれる放射性セシウムの基準値案が示されました。

厚生労働省が22日に纏め、27日に放射線障害の防止を検討する文部科学省の放射線審議会に諮問した案によると、飲料水では、暫定基準値200ベクレル/kgから10ベクレル/kgへと1/20に引き下げられています。

一見、厳しくしているのでよさそうですが、暫定基準値とは何だったのか、何故に1/20なのか、何をどう考え、私たちはこれから具体的にどうしていけばよいのか、皆目見当がつきません。しかも、食品によっては猶予期間があるそうですが、身を守るための健康に関するガイドラインが即日実行されないとは、一体誰のために何を考えての規制なのか理解に苦しみます。

相当な量の広範囲な汚染があったのでしょう。

都内のある大きな病院で、レントゲン撮影を取り止めにするよう医師から指導を受けたという話があると、先日聞きました。

私が偶に訪れる檜原村では、村内農産物の検査結果が公表されていますが、それによると、先日取ってジャムにしたゆずからセシウムが検出さていることが分かります。白菜では検出されていないので、新芽の時期に影響があったのかな、と素人は勝手に推測しながらゆずを取っていました。
http://www.vill.hinohara.tokyo.jp/contents/sinsai/nousanbutu4.html

放射能に限らず、既に様々に汚染されている環境とどう向き合い、どう生きていくのか。真剣に考え、日常の中で具体化していくことの必要性があったことを、今回の事故は教えてくれているのだと思います。

「汚染があるかないか」に一喜一憂するは止めましょう。
所詮、逃げられないのですから。

問題は子供たちです。未来を守るための処方が必要です。

私たちの農作業のリーダー、川上さ
んが檜原村の大豆で、作った味噌と
きゅうりをあてに一杯。味噌は絶品。
酒は奈良の銘酒、睡龍。至福の時。
川上さんの味噌_20111227 2
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快晴の土曜日。檜原村へ、ゆず狩りに行ってきました。

楽しかった。

高さ3m程のゆずの木から、伸縮する特殊なハサミで実を切り取ります。もいだ後、一緒にした時他の実を傷つけないよう更に枝を取り除き、背負ったあけびの籠に入れていきます。30分位体を動かし汗をかき始めた頃、籠一杯になったので、畑を後にしました。

畑をお持ちの農家のお宅に戻って、昼食。持参の弁当を広げていると、自家製味噌を使った味噌汁、ゆずの香り豊かな白菜漬、大根の炒め物が出てきました。そしてデザートには、さっぱりとした味の、ゆずと柿、キュウイの砂糖漬。自ら耕し、収穫した大地の恵みを、二本の手で加工し、調理したものです。

「うまい!!」

陽当りのよい庭先で、美味しい料理と楽しい会話。
ここに来なければ手に入れることのできない幸せな時間が、ゆったりと流れていきました。

美味しいものを食べたかったら、自分で素材から作れ。

香ばしいゴマ(そのまま食べたのですが、酒の肴にしたくなる程)、甘みのある大豆やほうれん草。都会の、貧相なのにお金を払わないと手に入れられない食卓とは違う、豊かな文化がここ檜原村にはあります。但し、味わうためには、自ら体を動かし、手間を惜しまなければ、の話ですが。

箱一杯のゆず。そして大根、白菜、水菜、干柿。
お土産をたくさん抱えて、家に帰りました。

教えていただいたレシピで、ゆずのジャムを作
りました。香り豊かで、ちょっと苦味があります
ゆずのジャム_20111218 5
11日(日)に四十九日を済ませ、1月の手術、そして入院に始まった義父の最後の年が暮れました。

「無準道得居士」

世間一般の思考を超越し、心理を探求した者の意。義父の戒名です。私の親しい友人からいただきました。

本来戒名とは、生前付き合のあった方丈様から、人となりを四文字に映していただくもので、位階は檀家として寺に奉仕した実績に応じて授かるものです。寺が日常であるところでは、現世と来世の繋がりがそこにはっきり見て取れたのでしょうが、寺に墓を持たない、リネージュ(lineage)を離ようとしてきた私たち都市生活者には、何か現実味の無い不思議な暗号となってしまいました。

戒名、仏壇、位牌、墓、卒塔婆、葬儀、納骨・・・等々。普段縁のないことどもに出会い、社会の礎としてあった「家」という概念が崩壊していく中で、家族とは一体何なのか、分からなくなってしまったのではないだろうかと改めて思いました。

ミーイズムが欲望をコアとして際限なく拡がっていき、リセット可能な便利な道具としてデジタル(非連続・非時間)を思考の軸に据えていこうとしていく潮流に、過去・現在・未来とリネージュを通してアナログ(連続・時間)に繋いできた私たちが耐えられるのかどうか、私には疑問です。

様々な側面を持つ“家族”が私たちの生活の中でどう位置付けられるのか、今、極めて重要な問いとなっているように思います。

気仙沼で教えていただいたレシピで作った
つみれ汁。子供に美味しいと言われ、思わ
ずニンマリでした。
つみれ汁_20111213
東北、気仙沼で見たこと聞いたことについて、もう一度考えてみました。

MECEに切り分けられてはいませんが、気仙沼でお会いした方々と話していて、人々は今、以下のような状況のいずれかにあるのかな、と思いました。

1)起こったことを忘れたい、と思っている
2)(教訓として)起こったことを人々の記憶に残し、また広く伝えていかなければいけない、と考えている
3)今日をどう過ごすか、に全力を尽くしている
4)起こったことに囚われ、明日を感じられないでいる
5)明日をどうするか、を考えている

では、こうした人たちと何故に、どう拘っていくのか。
一体、何をしようとしているのか。

私は、今回の被災を高度成長時代以後の思考方法・生活様式を見直す機会だと見ています。従って、すべきことは復興ではなく、新生だと考えます。そのためには、大消費地のために生産、流通があるような構造を変えていく必要があります。地産地消とか循環型経済と表現されている社会の在り様を、具体的に構想し、実行できるのかが、問われているのだと思います。

“絆”と口にすることが、流行っているようです。私は、人と人とが信頼をベースとして結ばれ、その中でお金と必要なものが回っていく仕組みを作りだした時、その構築されたネットワークが現代の“絆”と呼ばれるに相応しいような気がしています。

そのための方法論として、被災した人もしない人も、大人も子供も、皆がフラットな立ち位置で参加し、協力して進めていく具体的なプロジェクトを企画し、実現することが、今、私たちに求められていることだと考え、自らの日常の一部を提供していこうと思いました。

明日をのみ見つめ、共に生きていく仕組みを作っていくために。

こどもたちが描いた絵に、日々を愛しむ心
そして、そこに明日への希望を感じました
こどもたちの絵@気仙沼_20111120 7

こどもたちの絵@気仙沼_20111120 5