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正確には散骨する船を見送りに、横浜まで行ってきました。

昨年亡くなった義父の希望が、葬儀無しで海に遺骨を沈めることでした。残された家族は葬儀を行い、遺骨を二つに分け、一つは墓に一つを海に預けることにしたのです。

前日は激しい雨でしたが、当日はよく晴れ、海は静かでした。

年2回の散骨に、20柱程。遠いところでは青森や秋田から。
散骨_20120415 船

海に還る、それとも海に行くのだろうか等と考えているうちに、船長の挨拶が始まりました。「城ヶ島に近いところ、さかなの多い海で散骨します。静かに眠るというよりは、自然の躍動に還り、海で輝くと思ってください。そして海は繋がっているので、どこでも海に行かれたら、ここにいるのだと感じて祈ってあげてください」

人は、大地に還るものとばかり思っていました。

遺骨を乗せた船が沖へと消えて行くのを見ながら、全てを呑み込んでしまう海という存在に対して僅かに畏怖の念を抱きました。
散骨_20120415 消えゆく船

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8日、旧藤倉小学校での手作りの音楽会。

前日は、雪。
当日は、晴。

奥多摩町と共に東京の最も西に位置する檜原村には、都心にない醍醐味があります。それは豊かさでもあり、厳しさでもありますが、予測不能な自然を相手に日々を過ごしていくということ。
風景 4%
   
ともあれ、当日は天気に恵まれ、絶好のハイキング日和。
小学校 4%

午前参加の方は山を歩き、森林浴を満喫し、お腹をすかしてカジさんの美味しいバングラ・カレーに舌鼓を打つ。そして、午後は音楽会。昔懐かしい黒板のある講堂が、熱気溢れるライブハウスに変身。
客席 28% 客席 4%

プロの技と演者の純粋に音楽を楽しもうとする誠実さが参加者全員のベクトルを一つにし、みな心地よい喜びの中に溶けて行きました。
梅津 4% 踊る 4% 唄う 4%

その後、地元産の舞茸、じゃがいも、こんにゃくやのらぼう菜を使った檜原村のお母さん方の手料理で、交流会。

飲み、食べ、唄い、踊り、そして笑う。
シンプルな、しかし人に満ちた豊かな時間が、ゆったりと流れていました。
「大震災 国の記録」という、加藤陽子が寄稿した毎日新聞のコラムを読みました。

伊丹万作の「『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」を引きながら、真剣な自己反省と努力なしには同じことが繰り返される、と言っています。

行政の責任は当然問われるべきですが、私たち自身が当事者でないような「お上」的感性を次世代に引き継がせたくないと、改めて思いました。

“3.11”から、各々、様々なメッセージを受け取っていると思います。私は、利便性を追求してきた生活に潜在しているリスクが如何に大きいものであるかが現実のこととして示され、高を括っていた私たちに、今、対処すべき危機として提示されたのだと理解しました。

藤野電力を、ご存じでしょうか。

「エネルギーシフトは自宅から!」をキャッチに、ミニ太陽光発電システムの組み立てワークショップを開催している彼らは、言っています「2011年3月11日の震災、そして福島の事故を機に、今まで当たり前として世の中にあった様々な常識がほころびつつあります。エネルギーも今までの中央集権型から、住民が自ら参加出来るような自立分散型へ移行していきたい」と。

行政を云々することを止め、出来ること、小さなことから始めませんか。
私たちの問題は、私たち自身で解決しなくてはならないのですから。

武蔵五日市の朝市で買った、のらぼう菜
所謂、伝統野菜でしょうか
湯がいてそのままいただきました
のらぼう菜_20120327 2