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檜原村に行き、久しぶりに畑仕事をしました。

何も考えず、畑の雑草を抜くだけの数時間。
体のあちこちから、毒素が抜けて行きます。

今年3月に植えたじゃが芋は葉を伸ばし、小さな花を咲かせていました。
じゃが芋の花 じゃが芋畑
 
11月に植えた麦も順調に育ち、実をつけていました。
来月は、いよいよ刈入れです。
麦

近所の池にはモリアオガエルがいて、大きな声で歌っていました。
モリアオガエル 3 モリアオガエル 2

大地に触れ、緑に囲まれ、静かに体を動かしていると、健全な肉体に、健全な精神が宿るかもしれない。
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高校生になった子供の運動会に、行ってきました。

先生たちの力を借りながら、生徒たちが自ら運営し、自ら楽しんでいる姿を見ていて、明日をのみ見つめる純粋な未来があるのだと思いました。

日本の教育は、教師は、なってない調の様々な批判を耳にしますが、私たちは本当に現実を理解しているのだろうかと疑問を感じます。

部活もやり勉強もやる。そのどちらも熟していく。両立するだけの力が無ければ、仮に志望校に入ったとしても、その先は無い。同時に幾つものことを遂行できるキャパシティとタイムマネジメント能力を養っていきましょう。そのようなことを、入学から一月程経って行われた進路ガイダンスの場で先生が言っていたと、出席した家内から聞きました。

明確なコンセプトの基に教育が組み立てられていて、それに生徒が反応している姿に接した一日でした。

健全なものに触れると、心が清らかになります。

子供に学び、自らを省みる機会となった運動会でした。

帰りに、鈴木さんのレストラン“愛と胃袋”に寄って、
ごぼうを練り込んだチョコレートケーキをいただきました
ごぼうチョコケーキ@愛と胃袋 2
「疲れたら休め」

30年も昔、就職した頃に習った先輩の教えです。6日まで休みなしで少々疲れていたため、教えを守り、暫くブログを休んでしまいました。

頑張ることは、大事でしょう。しかし休むこともまた、必要なことです(言い訳は、するな!)。対極にあるこの二つのことをシノニムとして横に並べたら、何か異なった風景が見えてくるように思いました。

死を生と並べてみる。対極にあって相容れないものでなく、境目のはっきりしない連続した一つのこととして眺めてみたらどうだろう。母と叔母と三人、祖母の墓参りの行き帰りに、ぼんやりと考えていました。

“終活”という奇妙な言葉がありますが、このマーケティング臭ぷんぷんの今風な言い回しに接して何故か、生きることは死ぬことじゃないか、という思いが込み上げてきます。人生は、タイムマネージメントです。最初から、死は生の一部でしょう。だったら、人生はそもそも終活、だと。

祖母は、富士の麓に一人静かに休んでいます。
富士霊園_つね婆さんのお墓_20120422

叔母は、祖母に何かを伝えた後、幸せそうにしていました。
富士霊園_すみ子さん(叔母)_20120422

永久の安らぎを安らいでいる人たちを取り囲む美しい花を思いつつ、
今、終活についてゆっくりと考えています。
富士霊園_お墓の左手奥に咲いた花_20120422