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おひさまに行って帰っての短い滞在でしたが、気仙沼を訪問しました。
 
10月18日(金)の夜、鉄道で塩釜まで行き、一泊。翌19日(土)朝6時に塩竈を出て、借りた車で気仙沼に向かい8時半過ぎに到着。10時からのワークショップまで多少時間があったので、鹿折とフェリーターミナルや屋台村のある南町に立ち寄り、少し歩きました。12時半過ぎにワークショップを終え、再び鹿折を経由して南町で車を駐車し、復興屋台村で昼食をいただきました。その後、南気仙沼駅跡、泥掻きをした内ノ脇に寄ってから帰りました。
 
港は、きれいに片付いていました。フェリーターミナルは一部陥没していた個所が修繕され、大きな災害があったことを今の景色から想像することは出来ません。ターミナルに在った大きな建物は取り壊され、観光客向けの無料駐車場になっていました。寸断された線路は取り除かれ、道になったり、草が生えていたりしていました。気仙沼の象徴であった、あの陸に上がった大きな船も解体が進んでいました。
船解体の案内 船の解体
船の解体 遠景 船の解体 現場入口  

偶々だったのでしょうが、人が少ないな、と感じました。
 
何となく、人の気配の希薄な、さびれた街に見えました。昼駐車場が一杯だったらどこに車を停めようか気を揉んでいましたが、ガラガラではないにせよすんなり駐車できましたし、昼時に訪れた鹿折の復興マルシェも南町の商店街も、人影はまばらでした。
鹿折マルシェ 復興屋台村              
街は道路と建物の集合物だと思い込んでいましたが、人と人々が出会い集う場所なのだ、と気付かされました。
フェリー乗り場 南町
人は人を呼び、手を繋ぎ肩を組み輪となり、やがて歌い踊る。目印を立て、旗を掲げ、広場を作り、市を営み、笑い飲み食べる。

どうしたら賑わいを呼び込むことが出来るのか、私には分かりません。ただ、全国から人と物が真心と一緒に集まってくる、行政、即ち補助金と規制から距離を置いたおひさまの事業運営に、ヒントがあるように思っています。

人と人との信頼のネットワークをその礎とし、規模を求めず、多様化(異なる個性が必要に応じて貢献)することで結びつく。そんなイメージです。

2011年11月、初めてのワークショップをお願いしたJMAAの竹本さんから、園児の画を東京で展示したいという相談を受け、おひさまとの橋渡しをした後、また行こうということになり、今回のワークショップは実現しました。

昨年指編みのワークショップを開いてくれた、アニメ作家のちからさんを通して知り合った塩竈の高田さんから、車をお借りしました。高田さんは、あるNPOの活動と連携し、東北の足として車を一台管理しています。
Buggy.gif Buggy お店の入り口
帰りに立ち寄った海鮮丼屋さんは、園児のお母さんのお店です。どんぶりから魚が飛び出しそうな、盛りと活きのいい美味しいお昼ごはんをいただきました。
          
2年前は、やたら力瘤をためて、オレがオレがと呼ばれもしないのに出張っていったように思います。今は、人の繋がりが私を動かしているように感じます。

信頼の輪が機能するとき、新たな社会が可能になる予感がします。
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おひさまでTシャツ作りワークショップを行うために、気仙沼に行ってきました。

仮設の園舎で、初めてワークショップを行ってから2年経ちました。
その時に、ご協力いただいたJMAA(http://jmaa.info/)の方々に再びお願いして、2度目のTシャツ作りを、今年新築した園舎で行いました。

みんな、本当に楽しそうに、そして伸び伸びと、絵を描いていました。
筆を伸ばし絵の具をつける   小さな画伯       
真っ白に向かう時、頭の中も白くなってしまって中々筆が進まない子、あっという間に描き上げる子、いつまでも筆を放さず描き続ける子。様々です。
室内がギャラリーになった   Tシャツ出来ました     
見ていて、したいようにさせておくことが一番のような気がしました。教えるというのは、是々を教えてください、と問いが具体化した時に具体的に返すか、行き詰まった時にそれとなく行動で示してあげる。そんなことのように、思いました。
描き続ける女の子   赤い画 男の子  

一緒に楽しんでいれば、無限の可能性がそのまま膨らんでいくように思います。
ぶーちゃんシャツT リンゴ_best ハート ストライプTシャツ         
JMAAのお一人がある作品を見て、また負けた。こんなのは描けない。とつぶやいていたことが、強く印象に残りました。

巧まない純粋な感性は、時としてプロのアーティストの賞賛を得るほど、優れたものなのだと。
10年に一度と言われた、大型台風26号が足早に通り過ぎました。

台風が接近する中、勤勉なサラリーマンである私はいつもより早く自宅を出ました。上下防水着に身を固め、長靴を履き、いつ傘が壊れてもそのまま進めるという完全防備です。

東京都の小・中学校は、前日の決定で休校。
企業戦士は、ご出勤。

小学生と比べるなとお叱りを受けそうですが、命の危険が多少ともある中で、そのリスクを冒すほどの何が一体あるというのでしょうか。

特に今回、風雨は短時間で収束することが事前に分かっていたので、計画的な行動が可能でした。台風の影響が最大化する数時間、公共機関を全面運休することは出来ないのでしょうか。その結果として、本当に甚大な負の事態が生じるのでしょうか。

確かに、予想より風雨は強くなく、都内の鉄道はかなりの輸送能力を発揮しました。一方で、動くか動かないか分からない電車を待った人も、結構多くいたようです。

朝7時に出て11時半に事務所に疲れて到着するより、11時半に出て13時にフレッシュなまま事務所に入る方が、余程効率がよいように思われます。

企業はオペレーションに必要な最低人員を前泊することで確保し、当日は時間差を設けた出勤調整を事前に行っておけば済むことのように、私には思われます。ホテル代は、どうするのだ。コストが嵩むだろう、そんな出費は賄えないとか、社内に宿泊スペースはないとか、そんなことをするより無理しても自宅から通勤した方がよいとか、ご意見はあるでしょう。

それでは世の中動かない。
なら、止めれば。

まず、命でしょう。生きること、その為に何をするか。世の中が先に来るのは、順番が逆のような気がします。

電車のこない駅から電話して「遅れます」と上司に伝え、上司は具体的指示を出さず「無理のないように」と返す。頑張っていますが外部環境のため如何ともし難い、分かった善処するように、という日本的な情緒は非効率を生む以外何も生まないように思われます。

マネジメントとは、情緒的判断、行動を排除し、原因と結果を推定し、効率を導くことであり、このことにより、目的を達した満足感、心の平衡をも実現することだと思いました。

日本人は競争力を失ったのではなく、元々競争力が無かったのではないか、という疑問があります。即ち、マネジメント能力の欠如を他の何かで補っていたが、最早メッキがはげ落ちてしまったのではないか、と。

変化の時代。前提条件が変わることを積極的に受け入れ、自らを変えながら目的を見失わない、自己マネジメントが求められていると思います。


3.11は、私を変えました。土曜日、気仙沼に行きます。7回目の訪問。2年ぶりのTシャツ作りワークショップを行います。とても楽しみです。
サザエは海の太陽だby琥珀   ほっとしちゃうTシャツ   ハート