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昨日は畑には出ず、雪で壊れたパイプハウスから安置できる薪置き場に、脱穀機を運びました。

春の緑
農業というと、大地と空、青草と澄んだ空気を思い浮かべますが、現代農業は化石燃料と機械無くしては語れない、ひょっとすると半工業と呼ぶべきかもしれない、自然とは距離を置いた人の営みのように思われます。
脱穀機 赤 脱穀機 灰色
オギノエンでは古い機械を大事に長く使っているので最新の設備を備えていませんが、却って、機械化は最近始まったことでは無いことがよく分かります。
フリコミ フリコミ 金具部分
これは“フリコミ”という道具だそうです。昔はこんな道具を使って、麦の分けつを促すために丁寧に土を掬い、麦に掛けていたのだそうです。

農家が疲弊し、耕作放棄地の増加という形で具体的な問題となっていますが、収量と効率を上げることばかりに議論が集中し、この課題解決の解として企業の参入による大規模化と更なる機械化が当たり前のように論じられています。“フリコミ”に戻れとは言いませんが、重い機械を運びながら、過度に化石燃料に依存しない別の選択肢について真剣に考える必要があるように思いました。
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「麦ふみの会」5回目の昨日、農園で8時から22時まで、過ごしました。

えっ、週末、そんなに働いたの?「麦ふみの会」大変ね、と驚かれる方もいらっしゃると思いますが、農作業は10時~11時半、14時半~17時の4時間で、8時~10時は、お昼のパン捏ねと参加者のお迎え、11時半~13時半は、パン釜の薪くべとパン焼き(今回は火が中々強くならず、大失敗でしたが)、昼食後の農作業を終え、1時間みんなでお茶を飲み散会。そこから22時まで、荻野さん、ご近所の有機農家さんと3人で、話をしました。

パンがうまく焼けなかったこともあり、「俺、農園で何しているのだろう」とちょっと反省の一日でした。

とは言え、よく晴れた春の一日、茶園の草刈りと竹林の下草刈りを行い適度に汗を掻き、陽だまりで愉快な昼食を取り参加者全員の笑顔に包まれ、清々しく幸せな時間にゆったりと浸りました。
草刈り184×138 草刈り後の茶畑 184×138

食卓 1  184×138 食卓 2 184×138

そして夜、こんな話を聞きました。

イチゴの旬は、5月。しかし、農家でも今はクリスマス前の11月と答える人がいる。需要が野菜の出荷時期を変えているのだが、本来あるべき季節と異なる無理な栽培を行えば当然問題が発生する。いちごの最大の敵は実の表面に灰色の黴を発生させる灰色黴病で、旬の5月に収穫する露地栽培では通常罹らないが、外気を遮断するハウス栽培では罹ってしまうので、必ず農薬を散布する。ここに、現代農業の病理がある。

夜の農園。静かに話をしていると、私たちが当たり前のこととしていることでそのまま見過ごしてはいけないものがあるのでは、と感じるようになります。

因みに“野菜”の定義ですが、農水省によると「食用に供される草本性植物で加工度の低いまま副食物として利用されるもの」となっています。果物(くだもの)という定義はなく、“果実”として「統計上『果樹』として分類される多年生作物の本木性植物」と定義されています。農水省の定義に従うと、イチゴは野菜、となります。


茶畑への移動。母屋からちょっと離れていて、車で1分
茶畑へ移動 184×138
一瞬、どこの国の風景なのか、と思ってしまいました
昨日は2t車を運転し、くぬぎ山から落ち葉を運びました。

2t車の落ち葉 横から 2t車の落ち葉 後ろから
落ち葉は、農家で堆肥になります。

よい土といわれるものは、通気性がよく、保水性があり、肥料分を適度に保つ団粒構造をしていて、植物の根がすくすくと伸びることができるものをいいます。この状態の土を作るのに適したものが、堆肥です。

堆肥が土の中に混ぜ込まれると、土中にいる微生物が活性化され、野菜の根の成長をうながし、肥料や水分の吸収を助けてくれます。堆肥は肥料というよりは、どちらかというと土壌改良材の役割を担っているのだそうです。

くぬぎ山は、所謂里山です。里山は、燃料の薪と堆肥となる落ち葉を供給する、資源循環を支える人工林。里山と田畑が一つになって、かつての農村は一つのシステムとして機能していました。そしてその先にオクヤマがあり、人と野生が区分けされ、それぞれの生活を送っていたのです。

時代の役割を終えた里山の多くは田畑と共に姿を消し、人と野生の境界もまた失われてしまったようです。

昨日落ち葉をいただいた雑木林は、くぬぎ山再生ワーク(過去ブログ“里山忘年会”参照)の方々の10年来の尽力により、よく保全されています。となりの区域は、林は自然に委ねるべきとして手入れされず、青竹が生えているところもありました。まもなく、竹林に変わっていくでしょう。
くぬぎ山 雑木林 落ち葉の掻きだし
里山を残すのか、残さないのか。残すのなら、何故に、どのように残すのか。

薪でパンを焼きながら、よく考えてみたいと思っています。


落ち葉の中では、カブトムシの幼虫が休んでいました。
カブトムシの幼虫たち カブトムシの幼虫
落ち葉の掻き出しを終え、落ち葉を少し残して元に戻しました。
晴れた一日、久しぶりに畑に出ました。

日差を受けると暖かいですが、土は未だひんやりとしていて、畑に立っていると下から冷えてきます。

午前中は、ニンジンの種蒔。種を二粒ずつマルチの穴に置き、上から土を被せ、軽くたたきます。2時間半、土を穿り、種を摘まみ、置き、土を被せ、叩く。単調な作業の繰り返しです。
ニンジンの種 種を置く 土を被せる
今蒔くと、6月に収穫です。

午後は、味噌作り。麹25kgに塩を11kg混ぜ、蒸した大豆を杵と臼で潰したものを加え、水分を少々足して混ぜ合せます。これをソフトボール大の大きさに丸め、樽に叩きつけるようにして空気を出し、重ね、最後はへらで押し、表面を平らにします。
後は塩を撒き、様子を見ながらゆっくりと寝かせ、熟成していくのを待ちます。
大豆を蒸す 麹に潰した大豆を置く
麹と大豆を混ぜる 樽に詰める
塩は匙で使うものとばかり思っていましたが、5kgの袋を二つ空けて未だ足りない、なんてこともあるんですね。

面白い経験をさせて貰いました。
小雨の肌寒い一日、春の畑作の準備をしました。

畑を覗いてみると、流石にあの雪も融け、麦は元気でした。
雪が融けた麦畑 元気な麦たち雪の後
「もう一度麦踏みをするようかね」と奥様が言っていました。

雨のため、予定していたジャガイモの植え付けはせず、ぼかし肥料の袋詰めを行いました。荻野家の裏手にある資材置き場に山と積まれたぼかし肥料を円鍬で崩し、鍬の背で叩いて細かくし、袋に詰めていきます。午前の二時間半、一人黙々と崩し、叩き、詰める、を繰り返し、20袋。何とかノルマをクリア。ちょっとキツかったけれど、お昼ご飯がとても美味しくなりました。
ぼかしの山 袋に詰めたぼかし-成果物

お昼に、ご主人の荻野さんと様々な話をします。今日のテーマは、料理。荻野さんは料理をしません、というより出来ないのだそうです。何をどうすればいいのか、分からないと言います。その荻野さんは、1時間前には何もなかった台所にいつの間にか出来上がっている料理を見ると、素晴らしいと感動するそうです。水槽と蛇口とガス台しかなかった空間に、何時の間にか食べることが出来る品々が並んでいる、それは豊かな創造ではないかと。

他人のレシピを基に材料を集め、調理することが創造だとは思いませんが、あるものを使って世にない一品を調理することは創造かもしれません。今ある、これとこれとこれ、で何が出来そうかを考え、素材のハーモニーを奏でていくことは、少なくとも作り手に取ってワクワクする楽しい時間ではないでしょうか。

そして荻野さんのように喜び味わってくれる人がいたら、その喜びが作り手に返ってきて、豊かな時が食卓を包み流れていきます。
食卓2 荻野さんのいる食卓 食事2
こうした人と人が繋がっていく豊かさを育むことこそが、創造と呼ばれるに相応しいのではないかと思いました。