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昨日は麦の薫る好天気で、一人気持ちよく畑を楽しみました。

畝の前 畝の後
朝9時にオギノエン・ファームへ行き、午前中、麦畑の中耕(耕運機で雑草を漉き、伸び行く麦の倒壊を防ぐために畝を作る仕事)をしました。
小麦の穂
麦の穂が、出てきました。やはり、嬉しいです。見たとたん、思わず笑みがこぼれました。

12時半に東半分の中耕を終え、食事をせずに高円寺の「復興応援!スローフード・マルシェ」に向かいました。午後再び中耕をしないといけないので、行って直ぐに帰りましたが、そこで、今年の大雪で被害を受けた山梨の農家さんの手伝いをしている大学生と話をしました。“農継者”たち、です。
出店「農継者」 農継者たち
東京出身で農とは無縁に育った男子学生が「折角の縁を大事にしたい。大学を出たら、山梨で農業をやる」と言っていました。新しい時代が、すぐそこに来ているようです。  

  諸君はこの颯爽たる  
  諸君の未来圏から吹いて来る  
  透明な清潔な風を感じないのか

感じました。この風に乗って、軽やかに未来圏を旅したいですね。
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日曜日、オギノエン・ファームでの盛りだくさんのワークショップです。

参加者を3つのグループに分け、3か所同時進行で、一つ終わったら次へと場所を移動しながら、一日で羊の毛刈り、筍掘り、山羊乳搾りと3つの面白体験ができた、愉快な休日でした。

羊の毛刈り。最初は羊も人もおっかなびっくりですが、直ぐにお友達になります。偶に蹴られますが、ハサミでちょきちょき、ずんずん刈っていきます。
羊に餌をあげる大きな女の子 羊の毛刈り_男の子 羊に餌をあげる女の子
雨後の筍。ここのところの雨で、竹林のあちこちに筍が顔を出していました。大きい奴は、結構掘らないと手にすることが出来ません。実益を兼ねた、いい運動です。
筍掘ったよ_男の子 親子で筍掘り 筍掘ったよ_女の子
子供の顔より大きい山羊乳。先ずは指の動かし方を習い、さあ挑戦。乳房を絞ると、シュッシュッと勢いよく出てきます。
山羊乳の向こうに女の子 山羊乳搾り_先ずは指の使い方 山羊乳を搾る男の子

子供も大人も、みんな、のびのびいきいきと、羊や山羊や筍と同じ空気を吸いました。
「麦ふみの会」6回目、荻野さんご夫妻とメンバー7人で、麦畑の草取りをしました。

人間9人の力は、大きいものです。みんなが山羊乳を絞っている間、一人立って畑を眺めた時には“この草全部取るのか”とちょっぴり暗くなってしまいましたが、加勢を得てずんずん仕事が進んでいくと気持ちが和らぎ明るくなってきます。そして、会話。何ということもない一言一言が、体に活力を与え仕事にリズムを生みます。
一列毎に草を取る 一人麦畑の草を取る大谷さん
取った雑草は、山羊と羊の餌となります。雑草もまた、大地の恵み。オギノエン・ファームの思想です。
草取り_羊遠景 刈り取った草を食べる羊たち
人が摘んだ草を山羊が食べ、その山羊の豊かに膨らんだ乳房から乳を搾り、私たちの糧をいただきます。限られた資源の中でどう生きていくか、資源の循環を常に考えているオギノエン・ファームの日常に、ヒントがあるように思います。
山羊乳 山羊乳搾り
絞ると乳房は萎んでしまい、他人のものを奪っているような罪悪感に苛まれましたが、直ぐに乳房は張ってしまうという話を聞き、安堵しました。

今回、農作業は午前中だけにして、お昼は田んぼの前でピクニックランチ。カエルの声を聴きながら、美味しいスコーンと紫蘇巻ハンバーグとゴーヤの佃煮を食べました。

午後は、春の狭山丘陵の散策です。穏やかな春の一日。カタクリ、ヤマモモ、菜の花、芝桜、パンジー、スミレと、美しい花との素敵な出会がありました。
カタクリの花@金仙寺 ヤマモモの花@オギノエン 菜の花@金仙寺
金仙寺から狭山湖まで車で片道5分を、小山を下りては登り、鳥の声を聴き、はらはらと散る桜を愛でたりしながら往復3時間、様々な話をして歩きました。「食べることは重要だと思うが、スマホに金をかけて食費は二の次とはおかしくないか」「確かにスマホが無くても、生きていける」「いやいや、道に迷ったら位置情報を得て遭難しなくて済むから、必需品だ。今、右か左か、どの道を行くかスマホを見て決めることが出来る」「では、見て決めよう」等々。
芝桜 狭山湖

今朝NHKの“朝イチ”で学生の食生活を取り上げていましたが、「食べることに本能的な欲求が無い」と大学の方が言っていたことが気に掛かりました。

無駄といえば無駄な山歩き。農作業の後無理に長時間歩いたようにも思いましたが、疲れて早く寝て朝起きてみると体に疲れは残っているものの気分はすっきりとしていて、自分たちが生身の人間であることを日々感じながら他者や環境と繋がっていたいな、と改めて思いました。
一昨日はいつもと違って、入間の畑に寄ってから所沢に行きました。

イチゴのお話を伺った農家さんの畑です。
イチゴの花
イチゴの花が、咲いていました。花は、やがて実となります。来月の収穫が、楽しみです。

この方は「有機野菜を食するには哲学が必要だ」とよく言われます。

花は、1年に一度しか咲きません。私たちは、その回帰的な一回性故に季節を楽しみ、可憐な花を愛でるのです。野菜も、同様に年に一回、葉を茂らせ、実を結び、根を大きくします。しかし私たちはその一回性を楽しまず、貪欲な胃袋は常に野菜を欲し、スーパーには一年中、青々とした葉物野菜が並んでいます。

“自然と共に生きる“というのであれば、春野菜の時期が終われば夏野菜の時期まで、新鮮な野菜を食することはできなくなります。それを好しとするか否か、「有機野菜を食するには哲学が必要だ」とはそういうことなのだと、畑にお邪魔して思いました。
細谷さんの畑のほうれん草_201403
「バッカリ食」という言葉があるそうです。野菜の旬の時期、そればっかり食べているという意味ですが、飽食の時代に生きる私たちは、ほうれん草を3週間ぶっ通しで食べ、食べ終わると1年待たなければならいような生活はできないでしょう。

“豊かであること“について、自分の都合、即ち便利であることや欲望を満たしてくれることを離れ、よく考えてみなくてはいけないと思いました。