FC2ブログ
火曜日に、藤岡のパン屋さんに行きました。

11月27日(日)里芋堀りと乾燥を促進するために畝の北側に置かれた大豆を南側に移す作業をし、28日(月)三本組んで立てた稲わらが風と雨で崩れたり倒れたりしたものがあったので、これを修復し、その後大豆の脱穀を行いました。27日は午後雨が降って来たので、9時から15時まで、28日は晴天で9時から17時まで終日の作業です。
畑に置かれた大豆 大豆を置き換える川口
大豆を脱穀する田中さん 立てた稲わら
翌29日(火)に耕作していない畑の地力を上げるための準備をする予定でしたがこれが無くなり、朝起きて真っすぐ東京に帰る前のもつまらないと思い、藤岡で気になっていた、食事も出来るパン屋さんに行ってみました。

パン買って直ぐ帰る積りだったのですが、ご主人と話をしているとお客さんが入って来たので順番をお譲りし、立って待つのもそのお客さんを急かしているような気がしたので、コーヒーを注文し、カウンターに座りました。

すると常連のお客さんでパン屋をしている方がいらっしゃって、ご主人にご紹介いただき、ご主人を交え3人で話をしました。そのうち、以前一度お会いしたことのある近くの方で東京から移住され農業をされている方がいらっしゃり、暫く4人で話をしました。

縁(えん/えにし)って言葉がありますが、良い偶然というか素敵な出会いというか、不思議なものですね。さっとパンを買って帰ればそれで終わってしまったのに、ちょっとしたことで、2時間半ほど様々な話に興じ、また来なくっちゃと思いながら店を出ました。

「子供が食べるパン、ありますか?」
「どんなパンをお探しですか」
「柔らかくて甘いパン、かな」
「それはありませんが、固く甘くないパンでも子供は食べますよ」

そうすると子連れのお母さんは、何も買わずに店を出ていく、という話をご主人がされると、お客で来ていた別のパン屋さんが9か月の子どもにバケットを齧らせながら、

「歯固め、というのかな。フランスでは小児(乳児から?)がパンを齧っていた。この子は、毎日フランスパンを齧っている。自分の作っている、添加物の一切ないものです。日本人の多くはパン屋の焼く無添加のパンは買わずに、コンビニでパンや食べ物を買う。考え方の違いだね」

ご主人がこう返されました。

「パン文化の違いがあります。フランスパンは、あのパリッとした皮が美味しいのですが、日本人は内側を好んで食べます。それも、かなりソフトにして。日本では80%の人が大手パン会社のパンを食べていて、これがパンだと思っています。私たちは、残りの20%のそのごく一部の方たちをターゲットにしているのです。自分が作りたいパンを売り始めて確実に離れていったのは、子連れのお客さんでした」

これに、私が余計なことを付け加えました。

「そういえば、あるパン屋さんが『パン職人がどうやってもパンを作れない材料で、大手パン会社はパンを作ってしまう。イーストフードっていうのがあるんだけど、それで出来てしまうのですね(ウィキペディア「イーストフード」参照)』と言っていました。何を食べているのか分からないようなものを平気で食べちゃうんですよね、本物を知らないから」

200年前のパン作りを、現代機器(デッキオーブン、ホイロ、ミキサー)を使いながら行おうとしているご主人は、自分の完成イメージを追い材料を選ばれると言っていました。小麦粉は作柄が毎年異なるため、仕入れ先を固定しないのだそうです。成程、と思いました。多くのパン屋さんは製粉業者から品質を一定させるためにブレンドした粉を仕入れ、製パンしています。小麦粉を毎年確認しながら選んでいくことは、大変な労力だと思います。

また、地元群馬の小麦を使いたいけれど地粉を扱うのは難しく、やってみて「美味しい」とは言われたけれど自分の着地イメージでは無かった。地産地消とは素材から何が出来るか考え、作ることで、自分がやって来たこととは真逆のアプローチだ、とも言っていました。実に興味深い話です。

「正解は、無いですね」

作る、それを販売する、ということの意味やあり方を日々考えているご主人と、自分で窯を作り農作物から全てを手作りしていこうとしながらも、夏冬の温度差から発酵が安定せず、現代機器の導入を考えられているパン屋さん。

お二人との出会い、大事にしたいですね。
スポンサーサイト



いつも不思議に楽しい、カジさんファンさんのカレーの会に行ってきました。

今年最後の締めの会、今日も楽しかったです。
メニュー バングラカレー・プレート
ニンジンを切る 家族で調理 小澤さん一家
見知らぬ人がいつの間にか友となる、料理の集い。ドアを開けて調理室に入ってくると、見知らぬ同士が見知らぬまま「これ、みじんに切って」「野菜、洗って」「洗いすぎないようにね」カジさんとファンさんの指示に従って動いているうちに、チームとなっていきます。カジさんファンさんの人柄のなせる業ではありますが、一つの目的を共有し体を動かしていると、お互いを知り、理解し、人と人との壁は溶け出していくように感じます。
餃子を作るファンさんと子供たち 揚げパンを揚げる
味見をするカジさん 餃子を包む女の子
みんなで調理し、愉快に食べ、そしてゲームを楽しみました。
アジェンダ 静かにしてください

カジさん、ファンさん、参加された皆様、素敵な時間をありがとうございました。
11月13日(日)はざかけしておいた、私たちの田んぼの稲を脱穀しました。

脱穀は、10時過ぎに始め2時間ほどで12時半前に終えました。昼食を済ませて、13時過ぎから乾田に積み上がった稲藁を束ねた後、夕方1時間ほど籾摺りをし、玄米の袋詰めまで行いました。
4袋、119kg 。3人家族1年分ほどの収穫です。
脱穀直前の、はざかけした稲 玄米 
種撒きから始まり、苗を作り、畔シートを張り、田植えをし、草を取り、テグスを張り、稲を刈り、はざかけし、脱穀し籾摺りをするまで、自分たちで行いました。
「米、作ったよ!」と胸張って言いたいところですが、代掻きと最重要と思われる水の管理をしていないので、時間数と作業内容からして労働し成果を得たことには間違いない無いのですが、未だ体験の域を出ていないように感じています。
来年以降、経験を積み、全てこなせるようになりたいと思います。
脱穀開始 はざかけの稲と脱穀機 脱穀している稲
脱穀終了 稲の無いはざかけと脱穀機 脱穀すると稲は反対側に積み上がっていく
今後数年で耕地整理が進められ、私たちの小さな田んぼは恐らく無くなってしまうでしょう。直角を持つ矩形に整理されることは縦横真直ぐに稲を植えるために役立ちますが、大きさの大小があることにより、家族3人用の田んぼとか、仲の良い2家族向けの田んぼとか、一人暮らしのためのミニ田んぼとか、それぞれの目的や収量に応じた区画を用意し、農作のある日常が当たり前になる社会へと進んでいく方が、私には好ましく思われます。

何より、効率とは必ずしも規模の拡大では無いこと、即ち、目的に応じて効率を実現する方法は異なり、それ相応の適切な規模というものがあること、を考える必要があると思います。

多様性とは、単一種が規模を拡大していくことではありません。多様性が常にもたらす変化に速やかに対処し自らも変わり環境に適応していくための戦略は、規模を拡大し只管同じことを繰り返すことでコストダウンを図る資本主義的な思考法からは生まれないと思います。

田んぼで生物多様性にちょっとだけ触れて、現代社会が好んで追及するモノカルチャー的な効率とは異なった、未だよく理解できていないのですが、一見非効率に見える多様性の中の効率という概念があって、それが何かとても大事なことだと思うようになりました。

頭でっかちな米作り、だったような気もします。体を動かしヘトヘトになったのも事実ですが、結構いろいろなことを考えました。以下は、炎天下、田んぼで作業した時に思ったことを綴ったブログです。

「田植考‐文化としての農業」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-407.html
「田植考‐田んぼは日本人の原風景か」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-408.html
「田植考‐環境とは何か」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-409.html
「田植考‐ヒトは水田から何を得られるか」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-410.html

「田植えの準備をしました」(苗間作り)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-397.html
「田植は腰が痛いんだよ」(田植)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-403.html
「はったんころがし」(草取り)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-404.html
「稲を刈りました」(稲刈り)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-421.html
our田んぼourペース
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-405.html
11月4(金)5(土)6(日)3日間、徳之島に行ってきました。

徳之島は、沖縄にほど近い奄美群島の一つで鹿児島県に属しますが、生物相や生活様式においては沖縄に近い、と言えると思います。黒潮が奄美大島の北、屋久島の南にあるトカラ海峡を横切っていて、ヒトもまたその影響を受けているのでしょう。
南国の海 赤い花
花? マンゴー
地方創生に関連した徳之島伊仙町のプレゼンを聞き、島の文化の承継とマネタイズ(人口を増やし事業を興し、経済活動を活性化させ収益を上げること)を如何にバランスさせるかについて考え実践していることを知り、興味を覚えました。出来れば伊仙町のプロジェクトの一助となりたいと思い、先ずは現地を見、地元の方々と会おうと、オプションで用意された視察ツアーの一員として、島を訪れました。
阿権地区の樹齢300年?のマングローブ 阿権の平家
徳之島を訪問する前は、文化とは価値の体系を指し、あくまでヒトの話だと思っていました。しかし、世界遺産登録がなされようとしている伊仙町阿権地区をゆっくりと歩き、その登録理由が、居住地と希少種が数多く存在する自然が隣接している稀な地域であるからとの説明を聞き、ヒトを中心に置くのではなく、ヒトを一つの要素として捉え、今ある全てとの共生・共存の在り方、戦略としての文化というものもあるのかな、と思いました。

文化というと保全継承すべき過去の遺産と考えがちですが、現実的な修正を加えつつ、日常として過去を未来に繋げていくべきものなのかもしれません。私たちの未来を考える上で、阿権地区の生活から学ぶことは少なくないように思います。


町役場の方々と意見交換の際、強く印象に残る話をされた若い職員の方がありました。

「今は夜も明るく、建物が立ち綺麗に整備されていますが、ここは薄暗く汚い場所でした。危険ではないのですが、ちょっと変な人もいました。そうした風景や人が全て無くなってしまうことが、良いことなのかどうか・・・」

ネガティブと如何に向き合うか、で世界の見え方・在り方、私たちの生き方・居場所が決まってくるように思います。排除し否定するのではなく包容し対峙することが重要で、文化とはそうした日常の結果として形となるものでもあり、ネガティブを含むものだと思います。

帰り路空港で、ツアーメンバーの一人、終末医療を専門とされている医師の方を囲み、何人かで看取りについて話をしました。私が「義父が亡くなるに至る一年半程、家内が病院と家とを行き来し私が食事の用意をしていましたが、珍しく子供が皿を洗っていたのを見ました。亡くなって過重な病人の世話から解放された後は、義父には申し訳ないけれど、家族4人、毎日馬鹿笑いをしながら食事を楽しみました。家族の絆が深まり、それまでにない程、幸福な時間を過ごしました」と話したことに対してその医師が「申し訳ない、と言ってはいけない。それこそ、目指すべきことだから。すべきことを全て成し、看取られる者も看取る者も笑える死が最高なのだ。涙を美化する文化から、当人も周囲も力尽くして生きた上で迎える死を肯定できる文化に、変えていかなくてはいけない」と言われました。

文化に始まり文化に終わった、小旅行。素晴らしい方々との出会いと深い交流があり、実に豊かな時間となりました。
あおさの炒め物 お昼と食べた小屋
お昼の魚 ガシャにぎり
赤い土、白い浜、青い海。そして、花も木も、食べ物も食卓も言葉も、関東とは明らかに異なる風景、風俗でしたが、例えば北海道に行くと、その広さと住居の少なさと植生から日本じゃないなと感じるようには、何故か違和感を覚えませんでした。