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雨の中、朝7時から途中1時間半昼休憩を挟んで午後4時まで、草刈りをしました。
石拾いした農地 石拾いをした区画に水を引く
写真4枚は、石拾いをした区画が荒地(左上)から、水を引き(右上・左下)田んぼ(右下)に変わっていった様子です。作業当日の写真を撮ることが出来ず、何かないと寂しいと思い、草刈りをした近辺の農地風景を掲載しました。
石拾いをした区画 水を引くから右に90度ほど視点を回転 石拾いをした区画⇒田植直後
作業に集中すると当然ながら、他のことは出来ません。記録のために写真を撮り、ブログに残すようにしていますが、いつも何かちぐはぐな感じがしています。今回は携帯電話を自宅に置き忘れたため、写真は撮れませんでした。帰り際、ボンネットに居たアマガエルがフロントガラスに飛びつき、加速すると更にバックミラーのガード部分のドア側に飛び移りました。左手で吸い付き体を支え、右手をミラーが収まっているガードの縁に置くその様が面白く、撮りたかったな、と高速移動体の上で強風を受け不安なカエルの窮地を救おうともせず、身勝手な欲望に囚われていました。

監督者から「いつまでたっても上手くならないね」と言われたことを繰り返し思い起こしつつ、利己主義者は車を走らせ「誰にも必要とされないな」「それにカエルの命より写真だしな」と独り言を言いながらボブマーリーを聴いているうちに、次第に考え事を始めました。

人には居場所が必要だ。居場所とは、他者とのポジティヴな関係性によって成立する何か、だろう。それがある、あるいは見つけようとしていることが、生きていること、あるいは生きていられること、と関係するような気がする。だとすると、それが無い、あるいは見つけられない、見つけられると思えない場合、生きて行く、ことが可能なのか。そして、人が生きる意味を求めるものなら、居場所とは恐らく、その“意味”の必要条件ではないか。

“The cove”という、和歌山県太地町のイルカ漁を批判した映画があります。イルカの調教師だったと思いますが、彼が飼っていたか芸を仕込んだイルカの死について、食を絶って死んだようだ、「自死だと思う」と語る場面があったように記憶しています。イルカが自死するものかどうか私には分かりませんが、自分がしたくないことを強いられることでしか生きられないことに、強いストレスを感じていただろうことは容易に推測出来ます。居場所が無かったのだと。そしてそれは、ストレス社会に生きる現代の人間と同じだな、と思います。

私自身は死のうと考えたことはありませんし、失業して家に閉じこもりの今、社会と距離が出来たためそこから来るストレスは無いので、その意味で以前と違いのんびりとしていますす。しかし、誰にも相手にされず居場所が無いと感じること、この先を生き続けることの“意味”を見出し得ない苛立ちがあります。

「死ぬ権利」って無いのだろうか。
「生きる権利」についてはよく耳にするけれど(ところで“権利”って何だろう)。

大山捨松が、死ぬことより生きることの方が難しい、というようなことを言っていたと何かに書いてあったように思いますが、何かの事情で生きていることが大変難しく、苦しんでいる方は大勢いるように思います。大変だから死にます、とはならない訳ですが、もし誰かが発した“死”という言葉に斬り掛かられたら、私は何も言えず、何も出来ず、ただ無力感に苛まれるような予感があります。

“死”“死ぬこと”そして“死なれること”について深く考えることは、とても重要なことではないでしょうか。そして、更にそこからもう一度、生きることについて考え、私たちについて想いを巡らし、社会について考察する必要があるように思います。

人の生活が商品として切り売りされ、産婆が来ることで始まり坊主が来ることで終わる、人手を介して行ってきた人の一生における身近であった様々な営みが、病院や葬祭場に行き金銭を介した手続として行われるようになりました。結果、死や生のリアリティが不確かなものとなり、人とは何か、よく分からなくなってしまったように思います。

AI技術は確実に労働環境、そして私たちの生活を大きく根底から変えていくと推測します。経済対策が、貧しい者からは確実に集められる税金を使ってその結果は制度疲労した大企業の延命と格差の拡大再生産でしかないような、今の社会を続けていくことには無理があるように思います。そして、そんな社会で、何がなんでも生きろ、と言うことはどこか間違っているような気がします。

コロナ禍はこれからが本番だと思っていますが、ウイルスの躍動や気候変動などの自然界の大きな変化と私たち自身が招来する技術革新は、ごく近い将来、人の世界のパラダイムシフトに結果するように思います。

「私たちは何者で、何処に行きたいのか」

何が起きても適応できるようにしっかりと準備しておくことが、今正に必要なのではないでしょうか。
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コロナ禍や気候変動は、病気や災害という技術的な範疇を遥かに超えて、人間社会の根源を揺さぶり続けているように感じます。

「ヒトとは何か。何をするものなのか。私たちは何でありたいのか」

よく考えなくてはいけない、と思います。

おしゃべり、は本当に不要なのか。不急なら、いつになったら良いのか。「社会的距離」と簡単に言うけれど、それでいいのか。手をつながなくなって、本当に私たちは“ヒト”でいられるのか。経済が大事というけれど、経済ってそもそも何なのか。仮に経済をマネーに係わる総体とするなら、家事・育児のような本質的にアンペイド・ワークであるものについてどう考えるのか。ひょっとすると、後回しにされるアンペイドの方を優先すべきではないのか。マネーに支配された既存の経済活動は「農業革命は史上最大の詐欺」農作物に「ホモサピエンスは家畜化された」とハラリ氏が指摘するような意味において、一部の富裕層を除いた大多数にとって、実は無くても済むものではないのか。交換社会に移行することは出来ないのか。AIの時代に入りつつある今、ヒトの労働とは効率で測るべきことなのか。それは創造性や喜びという、全く別次元の尺度不要のことであるべきではないのか、等々。

今本当に“必要”なこと。これからの社会の礎となることは、何なのでしょう。

よく分からないのですが、随分と前に考え、中途半端に放置してしまった“必要としての農業“について、何とかしなくてはいけないと思うようになりました(ブログ「サラリーマン辞めました」「そこな少年現実を見よ」参照)。

以下は、私が考えてきた、産業というより“必要“としての農業です:
・食料の確保。
・耕作放棄地の農地としての再生。
・環境保全(無農薬・無化学肥料)。
・農事を核とした小さなコミュニティの創生とタイムマネーによる交換の促進。
・肉体労働と土との交わりを通しての癒し。

3年前、借りた農地を返さざるを得なくなり、トラクターやコンバインも手放しました。恥ずかしながら、今、具体的な策は何もありません。兎に角、少しでも農地に通い、体を動かしながら何が出来るのか模索しようと、この2か月半、4月末より月に何度か知り合いの農家で、畔の草刈りと多少の農作業の手伝いをさせてもらっています。
畑で働く気取ったボケ老人 ハンマーモア
ジャガイモ畑の株間下20cm-上30cm(逆台形) ハーベスト_不耕起の為か高温長雨のせいか昨年の半分程度
私が考える“必要”としての農業が時代と人々の求めていることであれば、そこに向かって草むらをかき分けていると、ひょっとして道が開けることがあるかもしれません。開けなければ、それまでのこと。向かう方向だけ決めて、やたら飛び跳ねず昂らず、静かに出来ることを只管愚直にやって行こうと思っています。
重く固い土を跳ね除け葉を広げるジャガイモ ジャガイモの天敵アブラムシを食べるテントウムシ
バッタ 20200701 ミミズ 生き生きとして楽しそうでした(私が邪魔をしなければ良かったのですが)
「見るべき程の事は見つ」(平家物語:平知盛)
「明日、地球が終わりであっても、私はリンゴの木を植える」(ルター?)

斯く在りたいと思います。

私たちが私たちであり切ること。それは私には、ちっぽけな自分がちっぽけな日常をそれと知りつつ齷齪していくことで初めて辿り着けるどこか、であるように思われます。

7月5日(日)草刈り機で草刈りをする予定でしたが、隣接する農地でトラクターを動かし草刈りをしていたため、理由はよく分かりませんでしたがその様子を見るということと、何より雨が上がったため、ゴマとサツマイモの畑の草取りをすることになりました。
ゴマ畑 草取り前_20200705 ゴマ畑 草取り後_20200705
雨の日が続いていて、私が月に何度か作業を手伝っている群馬の農地では畑の水が捌けず、例年と異なり管理機で容易に除草が出来ないため(水分が多くて農機を使えないのか、草が繁茂するスピードに農地管理が追い付かないのか、分かりませんが)、いつもならよく管理されている畑に、見たことがない程草が生えていました。
サツマイモ畑 草取り前=20200705 サツマイモ畑 草取り後20200705
今年は長雨と高温の影響で、ジャガイモを例年より2週間程度早めに収穫しました(ブログ「ジャガイモ掘りをしました」参照)。梅雨の晴れ間、2日ほど雨が上がっていたので掘るタイミングかなと思っていましたが、掘り起こしたとき、土はかなり湿っていました。雨の日に作業しているように感じました。

掘った芋は暫く陽に晒し、その後車の荷台に広げ乾かしました。持ち帰ったジャガイモの中に水気が取り切れていなかったものがあったようで、白いカビが生じたり、中が黒く傷んだり、グニャグニャとしてきて食べられなくなったものが、ごく少数出てきました。畑でも、100以上の株を掘った中で1つだけ、白カビがついている芋がありました。

農地は作るものだといっても、露地栽培では自然に支配されます。天候によって農地が変化し、作物はその影響を受けるのです。そのため、収穫時期を適宜ずらしたり、収穫後のケアを適切に行わないといけないということを、改めて学びました。

数年という極僅かな繰り返しの中で、手前手前で草に対処すれば、無農薬でも左程の手間ではない。耕起して、種まいて、管理機を何回か使って、後は収穫だ、と安易に考えていた自分の愚かさに恥じ入るばかりです。

「30年やっても、未だ未だ見えてこない」

ぽつりと、農家の方が独り言のように言われました。
そうなんだろうな、と只々頷くしかありませんでした。

草刈りも楽ではありませんが、草取りは飛び切りの重労働です。
まだ腰が痛い。
区画整理を行った農地の畔や用水、道路際の草刈りをしています。

熟練を要する農作業は無理だけれど草刈りなら出来るだろうと、農家の方と話して始めた作業ですが、中々思うようにはいきません。「土を削るな」「石に刃を当てるな」と言われるとどうしても刃先が上がってしまい、刈残しが増えてしまいます。すると「刈り方が雑だ」と言われます。正直どうしてよいか分からなくなり「草刈りも出来ないのか」と、どん詰まってしまいました。
用水路の草刈り前_20200503 用水路の草刈り後_20200503
「駄目だ。辞めろ」と言われるまで兎に角続けようと、一人朝から夕方まで丸1日、草を刈りました。
石を拾った区画の道路側草刈り前_20200617 石を拾った区画の道路側草刈り後_20200617
行き帰りの回数は増えますが、狭い範囲をゆっくりと少しずつ刈りました。水路と車道の間に段差がある場所です(写真上)。先ず右水路際を10cmほど残して左段差の手前まで刈り、折り返しは段差を上から下に刈り、2巡目水路際を丁寧に刈り取った後、復路で道路から段差が始まる部分をゆっくりと刈り取りました。すると「良く刈れている。あれなら、任せられる」と言われ、漸く、少しばかりですが安堵しました。

たかが草刈りですが、未だ悩みは尽きません。そんなことで悩んでどうする?自分を笑うしかない日々が続いていますが、当面は場数を踏んで自分なりに精度を上げ「草刈りは出来ます」と、苦情無く仕事を請け負えるようになりたいと思っています。
2カ月前に刈った草がこんなに伸びて_20200701 用水路を残して草刈りをした後_20200701
草刈り、という“必要”に誰かが対処しなくてはいけないその誰かに、自分がなる。どうでもいいことかもしれませんが、それって、案外意義深いことではないかと。不要ではなく、あったらいいなでもなく、必要、なのですから。