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ラーラ・カルデッラのベストセラー「ズボンがはきたかったのに」を読み、その窮屈な時間のことを考えました。

「馬を見てごらん、元気よく、きびきびしているところなんか全然なくて、仕事の疲労がたまっている。動物たちは人間と同じで、人間たちは動物と同じにしている」

人は因習に囚われ、日々の生活は固く閉ざされ、心も体も疲れ果てているのでしょうが、そのことに気付いていない。

何ものにも囚われていない女の子の見る目は、違う。だから、男しかはけないズボンがはきたかったのですが、結局スカートしかはけませんでした。

今は、ズボンをはいているかもしれません。はいていないかもしれません。
それが、自由ということなのでしょう。
しかし、今でも人は疲れているように見えます。

何故でしょう。
みんな自由だと言っているけれど、ひょっとすると、自由ではないのかもしれません。
馬が人に繋がれているように、人も何ものかに繋がれているような気もします。

植物は、どうでしょう。
コンクリートの排水路に溜まった僅かな土に根を張り、葉を茂らせているものがあります。
アスファルトの道と商店入り口のコンクリの僅かな隙間に育ち、花を咲かせているものがあります。
重く固い土を持ち上げて、葉を伸ばそうとするものがあります。
森の木は、いつも輝いています。
コンクリの排水溝に生えた草 秩父の(閉店した?)商店街のユリ
固く重い土を持ち上げて伸びようとするジャガイモ 瞽女峠とキャンプ場の間の戸田の木
動物と違って動けないのだから、様々な制約があるように思われるけれど、そんなことを気に掛けているようには見えません。人が種を撒こうが自然と芽を出そうが、鳥に何百キロも運ばれて着土しようが、構いはしない。土があれば、どこだろうと芽を出し、葉を広げ、花を咲かせ、時が来れば静かに土に還る。制約はただの前提で、生きることは制約の中で命の限りを尽くすこと、なのでしょう。

制約を無理に超えようとしないが、囚われることもない。
それが、自由ということなのかもしれません。

ズボンがはきたくても、はけないことがある。空気読めよ。干されるぞ。
差別。いじめ。村八分。
行こうと思えばどこへでも行けるのに、人はなんと不自由なことか。
余計なことばかり追いかけて、齷齪している。
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9月26日(土)八反取りという田んぼの草を取る道具で、代かきをしました。

今頃、代かき?と言われそうですが、これから田植えをするわけではありません。稲の植わっている田のスペースを使って、別の作物を育てるための準備です。

先ずは、草取り。
草取り前のセリ用田んぼ 草取り後代かき前
代かきをする前に草刈りをしていたので、最初長靴で田に入りました。耕土は粘りが強く、長靴では足を取られ簡単に抜けず歩くことが難しかったため、田の作業用のゴム足袋のような履物に履き替えて、八反取りを押しながら暫し行ったり来たりしました。
田に沈む長靴 草取り後代かき前
4本の八反取りの錆取りも兼ねての作業だったので、多少時間を掛けて行いました。40分程だったと思いますが、息が上がりました。ちょっとした運動です。砂地のランニングのようなもので、下半身に結構な負荷が掛かります。
八反取りで代かき 八反取り 裏 錆
朝7時から草刈りをし、田の草取り、代かき、そしてまた草刈りを18時まで行いました。朝の気温は18℃。一月前なら、ここまでは出来なかったでしょう。

草刈りでは、草の生え際である水路のコンクリ部分や石と接触して刃を傷めたり、土を削ったり、田の草取りでは、午前中の仕事と見積もられたものが出来ず午後に持ち越されたりと、クオリティを伴っていない、典型的な日本人の長時間労働だったように思います。
jpg彼岸花
田んぼの周囲では、彼岸花が未だ咲いていました。
9月22日、また一日草刈りをしました。
草刈り前 草刈り後
8時過ぎに作業を始め、4時間ほど草を刈り、12時過ぎにお昼の休憩を取り、午後は3時間ほど草を刈りました。
3m以上あるかな 3mの草草草伐採後
同じ仕事ですが、真夏の強烈な日差しと酷暑の中で行う草刈りと比べると、体力の消耗度合いが全く違うので、同じ仕事とは思えませんでした。

休憩も、夏はうだるような暑さに身を置き、ただ手足を動かしていないというだけの時間を過ごすのですが、今は、軽く肌を掠めていく心地よい秋風が疲れを癒してくれます。
休憩 烏瓜
秋だよ、と体が私に囁いていました。