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今年はどのような年だったのか、掃除をしながら振り返ってみました。
マスクの狛犬と鳥居秩父市内の神社2020夏
個人的には、冴えない年でした。

春先より家に閉じこもり、鬱々と、最低だな、ここまで酷い人間なのかと自分に向き合っているうちに病気になりました。今、漸く回復してきたところです。

愚か者はさて置き、世界は大きく揺れました。COVID-19が猛威を振るい、人々の当たり前はどこかに消え去り、剥き出しの憎悪がそこここに顔を出し、私たちを翻弄しています。

私たちは、どこに行くのでしょうか。
私たちは、どこに行きたいのでしょうか。

イギリスのジョンソン首相は“there really is such a thing as society”と発言しました。その社会が何物であるのか、実は未だ誰も分かっていないように思います。

それは、サッチャー元首相が拒んだ権利のおねだりとは無縁な、彼女が求めた義務の履行を礎としている、しかし市場が無条件に信奉されない何物か、ではないでしょうか。
マスクの狛犬秩父市内の神社2020夏 
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諸葛良孔明の天下統一の為の戦略として世に知られている「天下三分の計」ですが、孫策、孫権に仕えた魯粛は、天下は一つでなくて良いという全く新しい発想の基に、曹操・孫権・劉備の三者鼎立を考えたのだそうです。
(参照:「天下三分の計の持つ意味(「実は劉備は公明を信用していなかった?…三国志の伝説的「名君と名軍師」の実像」より)」)

漢という先の国家の継承や再興を求めるのではなく、今人々を支配している国家像を前時代のものとして切り捨てる思考法に惹かれました。

劉備の「現状をどうみるか」「なぜ曹操が強いのか」「これからどうすればいいか」の問いに対する「それ以外に選択肢がない」というスタンダードな現実解としての提案ではなく、中国は分裂していて良いという、過去を捨て現在をありたい未来の始点とするための立案。

所与を度外視して考える。

「どうありたいか」を「どうなっているか」から「どうだったか」を顧慮せず考えてみる。

私たちに明日をデザインするために、とても大事なことのように思えたので、書きました。
三国志3巻
巻3p191「北の方は曹操にゆずって天の時を占めさせ、南は孫権にゆずって地の利を占めさせ、将軍は人の和を占めんがために、先ず荊州を取って根本とし、その後に蜀を取って国を建て、かくて鼎の足のように三分の形勢が出来上がれば、中原(=中国)をうかがうこともできましょう」
先日植えた玉ねぎの様子見がてら、パンを買いにドライブしてきました。
妙義山と浅間山?切り抜き
そこにあるものを用いて日々を過ごしていくことを生活の基礎に置いて、地粉とその土地の酵母菌を使ってとても美味しいカンパーニュを手作り窯で焼いている、パン屋さんです。

このパン屋さんに行くと1時間以上長居をして、いろいろと話をして帰ってきます。物を買いに行くというより、話をしに行っていると言った方がよいかもしれません。

買い物の仕方は人それぞれ、またその時その時で異なります。カゴに品物を取っては入れてレジに並んで決済するだけの買い物と、お店の方とじっくり話をして品物を決めていくコミュニケーションを楽しむような買い物と、同じ買い物でも随分と違います。

買うという行為を、金銭を介して物を遣り取りする機械的な行動ではなく、物を通して見えて来る世界を他者と共有する意味的経験とすることが出来るように思います。パンの話から、小麦の話になり、微生物の話になり、そして環境や社会の話になっていきます。

人の暮らしとは、他者とコミュニケーションを取ることではないかと思っています。食事は食べることですが、食卓は食べることを皆で楽しむこと。それが人の暮らしではないかと。
玉ねぎ畑20201219
玉ねぎは、多分根付いたと思います。心なしか元気がないようですが、大丈夫でしょう。
植えた玉ねぎ20201219
久しぶりに、散歩しました。

3時間程度しゃがんで作業しただけですが、やせ細って減少しかつ衰えた足の筋肉が負荷に耐え切れずブチ切れた感じで、3日間、歩くのに支障を来たすほど痛みがひどく外出を控えていました(ブログ参照:「玉ねぎの苗を植えました 」/「10kg痩せました」)。

昨日4日目、大分痛みが引いたので歩こうと家を出たのですが、玄関から少し行ったところで太もも裏に違和感を感じたため、引き返しました。歳は取りたくないものですね。歩くこともままならない。
コスモス?歩いている若い人に「何の花ですか」と聞かれ
流石に、今日は歩きました。
12月。冬なのに、ちょっとびっくり。結構花が咲いています。
秋葉神社のちょっと手前に咲いていた黄色い花
小さな花に声を掛けられました。
パープルの小さい花
「じいさん、大丈夫?」
「頑張んな」
「ありがとう」と微笑みを返します。
白い小さい花
筋肉は筋繊維が切れて修復するときに強くなる、という話を聞いたような記憶があります。願わくは、倍ぐらいの強度に筋肉が再生していたいものです。

兎に角、歩いて食べて自転車こいでまた食べて。筋肉付けて体重戻さないと。
12月5日土曜日。今年最後の畑仕事は、玉ねぎの苗植えでした。

一畝に二筋、一輪車で窪みを作ります。
一輪車で畝に窪みを付ける
苗を一掴み取って、畝に置きます。
土を掻き根を置く
そこから苗を一つ右手に持ち、窪みを左手で1,2cm掻き、根を置き、左手で先ず畝から次に窪み側から土を被せ、被せた土を根に向けて強く押します。
植えた苗
この繰り返しを3時間ほど行いました。
植え終えた一畝
畝の筋一列に苗を植え終えたら、一輪車で土を更に押し、苗の直ぐ上から窪みに漏斗で水をやります。
水を撒いた畝
その後、春菊とネギにも水をやり、一日の作業を終えました。

残念ながら、玉ねぎの苗植えは駄目出しをくらい、上手くできませんでした。茎が分かれている部分より先を埋めてしまうと呼吸が出来なくなるため、深すぎるといけない、という考えに支配され、片手で根を深い位置に置くことが出来ず、被せた土を少し掬うと根が浮いてきてしまうことが多発してしまったのです。これでは、根付きません。植え終えた後で、更に土を被せるという修正を施さなくてはならなくなりました。この修正ですが、お前には任せられない、ということで管理者が行いました。

また、土を掻き、根を置き、土を向こう次に手前から被せ、土を押す。という一連の作業を無駄なく適切に流れるように行えと言われましたが、全く出来ませんでした。

駄目出しに暫しひどく落ち込んだのですが、考えてもどうにもならないし遣りたくても直ぐには出来ないことなので、一人畑の真ん中で笑ってしまいました。

隣の畑をふと見ると、陽に向かった緑の葉が光ってとても綺麗でした。私が光り輝いているわけでは無いのですが、なんだか嬉しさがこみ上げてきます。今ここに居て良かったと思いました。残念な一日が幸福な一日に、光る葉っぱによって瞬時に転換されたのです。
大写_葉が光って綺麗だった 
年の締めくくりに締められず、自分にとっては残念な農家にとっては迷惑な仕事ぶりに終始しましたが、生きる喜びそのもののように見える草たちに溶け込んでいくような、優しく微笑む自分が暮れ行く畑に立っていました。
夕暮れの畑‐光っていた葉っぱと玉ねぎの苗を植えた畑