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父が、亡くなりました。

急速に足腰が弱って来ていたので、永くないかなとは感じていましたが、それでもびっくりするほどの急逝でした。

14日の日曜日。午後2時に食事。3時に、母と下着を換えました。6時に夕飯を食べるかどうか聞きに行った母から「様子が変なの」と父の寝室に呼ばれ、口元に手をかざしても息が感じられず、119番しました。

状況を伝えると、健康保険証を用意するよう指示を受け、直ぐ携帯電話からかけ直すよう言われました。かけ直すと、更にスピーカフォンにするよう言われました。

「体の横で膝を立て、胸の中央に片手を置き手を重ね、肘を伸ばして、5cmほど胸がへこむ程度に体重を乗せて押す」よう指示があり、これをスピーカフォンから流れて来るリズム音に合わせて行いました。
「手足が反応するか」聞かれ「しません」と応えると「暫くやってみてください」と言われました。
1分ほどして、再び「手足が反応するか」聞かれました。「しません」と応えると「今度は、心臓に手を置いて同じ動作を行う」よう言われ、暫く動作を繰り返しましたが、反応はありませんでした。
それでも胸骨圧迫を続けているうちに、救急車が到着しました(家内が居たので助かりましたが、一人では応急処置をしながら健康保険証を用意出来ません)。

概要を伝えると、救急隊員が父の体を触り「首が固い。いつも固いですか?」と聞いてきたので「いいえ」と応えると「呼吸が無い」「手遅れかな」「いや、マッサージは行おう」などと隊員間で話をしているので、「死んでいるんですか」と聞くと「私たちは死んでいるとは言えません」と返事がありました。

救急車に同乗し、質問を受けながら病院に向かいました。病院到着は、6時半頃だと思います。救急処置室前で待機していると、ほどなく医師が出て来ました。「心停止していて、脳機能も低下し、これ以上手当の仕様が無い」というようなことを言われたので「結構です」と伝えました。

一旦医師が処置室に戻った後、入れ替わりに看護師が出て来て中に入るよう言われ、中に入りました。ストレッチャーに仰向けに寝ている父と医師と看護師と心停止を伝えるモニター画面を交互に見ながら、死の確定の場に立ち会いました。

直後に、「異常死」なので警察が来て、調査・検死が行われる、と言われました。

「異常死」?

救急搬送という慌ただしい小事件があったとはいえ、自宅で静かに死を迎えたとばかり思っていたその時、異常、という言葉は刺さりました。

更に、遺体をいつ引き取れるか聞かれました。

次々に起こる想定外に困惑しながら「葬儀社に確認します」と看護師に伝えました。

7時半頃、警察が到着しました。尋問には当たらないのでしょうが、30分ほど質問に応えました。病歴や当日の経緯に加え「腕に傷があるが何の傷か分かるか?」など虐待について確認しているようなことも聞かれましたが、「腹に縫った跡があるが何か?」といった50年も前の手術跡について聞いてきたのには、唖然としました。昨日今日の傷じゃないことは一目瞭然だろう。一体、何をしているのだろうか、と。

検死が終了するのを待っていると「自宅を見せてくれ」というので案内し、家の外観、父の寝室、風呂、トイレ、廊下、そして食べ残しのお粥が入っている鍋まで、写真に撮っていました。事件性の有無の確認だそうです。現場検証の際「財布はどこ」「お金は本人管理か家族管理か」なども聞かれました。10分は掛からなかったと思いますが「歩行補助の手すり等があるので、事件性はない」と言って警察官3名は帰って行きました。

帰りがけ、遺体の引き取りの証書とかいうものに署名しました。聞き取り内容への署名捺印は求められませんでしたので、調書は作成されなかったと思います。

警察の検証が終了すると直ぐに葬儀社に連絡し、遺体を搬送・安置するようお願いしました。

10時前に病院へ戻り、葬儀社が来るまで霊安室にて父と二人で過ごし、遺体の引き取りが済んでから家に戻りました。

11時過ぎには、家に戻ったと思います。家族と話をしながらタンカレーをストレートで飲み、遅い食事をし、暫くしてから寝ました。



異常死とは「他所から病院に運ばれ死亡すること」と警察官から聞きました。

後日、知り合いの弁護士に話したところ「国家権力によるプライバシーの侵害と感じるだろうが、社会から見ると事情を明らかにしないといけないので、仕方の無いことだ。医師の責任放棄だが、日常的に見ている主治医がいて責任を持って死因を特定出来ない、現代の問題だ」と言っていました。

今書いていて、人の死というのは、生命の終焉という自然の出来事とは別に、社会的な事件という側面があり、むしろそのことが問題とされるのだと思いました。

畳の上で静かに息を引き取ることは、残された者には慌ただしい”事件”となるようです。
遺影_9か月前の誕生日の写真から
写真は、昨年の誕生日の父。実は、手にはケーキを持っていて、ちょっと嬉しそうです。残念ながら、94回目のお祝いは出来ませんでした。
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何だか酷く疲れを感じたので、散歩に出ました。

未だ冬だと思っていましたが、穏やかに晴れ渡った青空の下、シャツにベストの軽装でも歩いていると薄っすらと汗が皮膚を湿らせてきます。

歩いていると、梅の木がありました。
指扇の梅
暫しほのかな花の香に包まれ、強張った体が内側からほぐされたように感じました。

火曜日に、「足裏が痛い」というので親父を病院に連れて行きました。歩行が困難なので、業院内、初めての車椅子。腰のレントゲンを撮り、頸椎圧迫骨折が見つかりました。昨日MRI検査を受け、更に来週、脚のCTを撮る予定です。その結果で何が分かり、どうすることになるのか見当もつきませんが、兎に角もう一つ検査をして科学的な所見を待ちます。

ここ数日、部屋から居間まで居間から部屋まで、腕を掴み肘を持たせ、5cmずつ進ませることを日に何度か行っています。そんな体でも、自分で歩こうとします。歩けず倒れ、畳に仰向けになってしまうことがあります。そのときには、脇に手を入れ胸を合わせゆっくりと体を起こし、引き上げます。慣れないからか、どちらも結構しんどい仕事です。

たった数日のちょっとした時間。ですが、物凄く疲れました。

散歩の途中で出会った亀は、のんびりと日向ぼっこをしていました。
亀の日向ぼっこ
おひさまと梅と亀と気持ちの良い時間を過ごし、少しリフレッシュしました。

介護をするぞ、という無意味な精神の昂りを捨て、親父とただ共にゆったりと過ごす日常に埋もれて行こうと思います。
部屋の絵を一つ、替えました。

親父が笑いながら手招きするので、何かと思い近寄ると、絵を替えてくれとのことでした。
モロッコ人たち_マチス
絵と言っても、オリジナルではありません。新聞屋さんが、有料のようですがサービスで届けてくれる印刷物です。それでも部屋の表情は、格段に豊かになります。

いつもは笑うことも無ければ、口を利くこともありません。何か用事がある時だけ、はにかむような笑いを口元に浮かべ、一言二言、言葉を発します。

後何回、絵を替えることができるかな。
金魚_マチス
元の絵は「金魚」新しい絵は「モロッコ人たち」。いずれも、マチスの作品です。
老人二人の散歩です。

医者に歩けと言われている、93歳のアルツハイマーの父親が自分から外に出ることをしなくなったので、私が連れ出すことにしました。
親父の散歩
同行して、びっくり。

10m歩いては立ち止まり、2分歩いては5分座って休む。私一人なら10分掛からないところが、小一時間掛りました。
散歩中に休む親父
散歩の概念が、大きく変わりました。