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気仙沼に行ってきました。今回で、2度目です。

当初後輩の居る岩手に行くことを考えていましたが思いの外遠く、池袋から夜行高速バスで直行出来る気仙沼を選び、震災支援活動を開始しました。

最初は、6月28日(火)。
仕事を終えて6月27日(月)23時発のバスに乗り、翌朝8時過ぎに気仙沼駅に到着。6時到着予定だったのですが、高速で事故渋滞があり2時間の遅延です。例の被災者高速料金無料により自家用車の東北道利用が急増し、悪影響が出ているようです。

ボランティアとして、民家の泥出しをしました。津波にのまれ多くの家が流された場所に残った、事務所兼用の1軒家です。
2階の窓まで水の跡があり、15センチ位の高さで固まっている泥の中や屋根には魚の死骸がありました。作業は9時半~15時の間、10名で行い、1階の泥が若干残ってしまいましたが、概ね完了。
気仙沼_屋根の魚_20110628 2


2度目は、7月24日(日)、25日(月)。
泥出しした民家を訪れてみると、新しい床板が張られていたので「ああ、直してお使いになるのだな」自分のしたことが少しは役に立ったのだと思うと、何だか嬉しかったです。
とは言え、周囲は未だこんな状況です。
気仙沼_内の脇風景2_20110628

悲しくなる程、復興のきざしは見えてきません。
未だに傾いた家屋が残っていたり、陸に上がった船も片づいていないものがあったり、商店は空き地のままであったり。
カツオの水揚げは始まりましたが、私が朝訪れた時、魚市場は開いていませんでした。
気仙沼_内の脇_20110628
気仙沼_リアスミュージアム_20110725 2
気仙沼_細谷青果店_20110725

避難所にも行ってきましたが、疲れた人々の目は「こいつ何しに来たんだ」と言っているようで、冷たい視線を感じました。被災者は旅人に多くを語りませんが、叫びたいのをこらえつつ、日々を送っているのでしょう。

被災地では、物、ライフライン、住居、が取敢えず整いつつあります。これに伴い人々の関心も薄れつつありますが、雇用を含め、生活を如何に正常化していくのか、という極めて重要なフェーズに移行しつつある今、そして今後、より多くの人が拘っていく必要があると強く思います。

何故なら、震災により問われている地域の再生は、機能する循環型社会とは何かという私たち皆の問題なのですから。
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