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先週「梶井健一お別れの会」に行ってきました。

四半世紀前、私が生まれて初めて海外へ旅した時にご一緒させていただいたのが、当時名古屋鉄道の社長だった梶井さんと奥様の時子さんでした。ユーロドル・ワラント債の起債調印のため、起債した名古屋鉄道が起債地ロンドンを訪問する際、引受証券会社の担当者としてお供したのですが、全てが初めてのお子様を担当に付けられた梶井さんは、さぞ迷惑にお感じになられたことでしょう。真実紳士だった梶井さんは、穏やかにそして丁寧に、私に接してくれました。素敵な人だった。

ロンドン滞在中は、奥様に随分とお世話になりました。お供という役割の筈が逆に奥様にご案内いただき、Claridge’sでハイティーを頂いた後オペラ座の怪人を見たり、Kew Gardensでスコーンを食べたりと、楽しい時間を過ごさせていただきました。

ご夫妻は、梶井さんの日銀時代、一時期ロンドンのGolders Greenに住んでいらっしゃたそうです。その頃J-J townと呼ばれた、ユダヤ人と日本人の街です。あからさまな差別があり、それ以外の場所では住まいを借りることは難しかったと聞きました。また、日本食材は殆ど手に入れることが出来ず、豆腐は中華食材屋で落ちても割れない固いものを買ってきて、調理されていたといいます。日本人が海外で暮らすことは、大変だったのですね。80年代後半から90年代前半、私が住んだ頃には多くのことが少なくとも表面的には改善され、あまり不便は感じませんでしたが、今はどうなんでしょう。

梶井さんは奥様のことを、Baker St. Irregularsをもじって「エイフク・イレギュラーズ」と呼んでいるんです、と笑顔でおっしゃっていました。活動的な奥様は「家外」なんだそうです。本当に心の通い合った、ご夫妻だったと思います。今頃、何処かで、先立たれた奥様と再会され、ご一緒に悠久の時の流れをお楽しみのことと思います。

叶わぬ夢だけれど、もう一度、お二人とゆっくりロンドンを旅してみたい。

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