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先週、ニューオータニで宮路さんのお別れの会が執り行われました。
そこで、私の知らなかった宮路さんに出会いました。

宮路さんは、こんなことを言っていたそうです。「ゲームは、進化している。技術が人の技量を超える時がくる。その時、何を作るかが、問われる」

残された時間があと僅かだと知った時、この言葉は、宮路さんの中でそれまでとは違う意味を持つようになったと、私は思います。

ゲームは“いつでもどこでも”リセット可能です。他者との関係もまた同じ、と考えていたように、私は宮路さんを見ていました。時間が貴重だと意識するようになった時、時間は決して繰り返すことはなく、他者は自分という絶対の回りをウロウロしている代替可能な駒でもない、と感じるようになったのではないかと思います。

自らの終焉が見えてくると、見慣れた物事が自ずと異なった風景として立ち現れてくるでしょう。ゲームって何だろう。遊んでくれている人たちに、メッセージは伝わったのか。そもそも、正しいメッセージが発信されているのか。疑うことのなかった本質的な問いを問う日々を、この1年送られたのではないかと勝手に想像しています。

「ゲームは愛だ」と宮路さんが言っていたと聞きました。

私は宮路さん自身からこの言葉を聞いたことはありません。お別れの会で初めて知ったのですが、技術に技術で立ち向かう、永遠の不毛な追いかけっこから抜け出すことを「愛」という概念で追求されていたのだと理解しました。

宮路さんは、ゲームというツールを通して世界観を共有するのではなく、ゲームの中に人が存在して世界そのものとなってしまうような時空の集団トリップ(旅)としてゲームを捉えようとしていたのかも知れません。

新たな地平は、宮路さんの死を新しい命と受けとめたジー・モードの仲間たちが切り開いていくことでしょう。見知っている昔の仲間と話をして、確信しました。早すぎる死が、私を含め遺された多くの人それぞれに、新たな人生を与えてくれています。

宮路さん、今までありがとう。
そして、これからをありがとう。

お土産をいただきました。
近所にある和菓子屋さんの
どらやきです。
宮路さんの好物でしたか?
どらやき_宮路さんのお別れの会のお土産_20110914 2
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