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昔同じ会社で働いていた後輩から誘われて、3人で酒を飲みました。

次から次へと、脈絡のない話をしながら飲んでいると「宗教と哲学って、どう違うのですか」という問いかけがありました。私の答えはシンプルで「宗教は信じること。哲学は疑うこと」すると二人は、私が不安に思うほど妙に納得していました。

常に前提に疑問を持ち、結論を得た後も「本当にそうだろうか。それでいいのだろうか」と繰り返し「問う」という態度、様々な物事の本質を捉えようとする「問い」という形態が、哲学なのではないかと勝手に思っています。

信心を旨とする宗教と、哲学は対極にあるものと理解していました。

「宗教と哲学って、どう違うのですか」

この全く疑う余地のない事実だと看做してきたことに、疑問を持ちました。宗教と哲学を対義語ではなく類義語として並べてみたら、どうなるのだろう。例えば、真理とか真理探究といった概念で括ってみたら。宗教者と信者を対義語としてみたら、何が見えてくるだろう。

戦争と平和。生と死。愛と・・・愛の対義語は何だろう?

対義語と類義語という見方から、ちょっと否定的に、即ち哲学的にものごとを眺めると面白いかもしれない。そういえば、太宰がそんな遊びをしていたっけ。

当たり前の(と思っている)ことを聞いてみると、結構意外な返答が返ってきたりします。「へ~、そうなんだ」「なんで、そうなるの」「うそだろ、おい」

哲学は、美味しい、酒の肴です。

「生きることは食べること。食べることは生きること」私の人生哲学
トマトのグリルとキュウリ、ネギ、鶏肉の炒め物を作りました。召し上がれ
トマトのグリル キュウリの炒め物
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