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入間市博物館ALITで、狭山茶の歴史の勉強をしました。

何も知らない私には講師の一言一言がとても新鮮で、講義の2時間がとても短く感じられました。

講義によると、お茶は遣唐使により平安初期に日本にもたらされたということです。朝廷と天台・真言の密教寺院で、喫茶文化(「煎じ茶」)が醸成され、鎌倉期に宋の喫茶文化(「抹茶」)が持ち込まれ、禅宗寺院で日常生活に欠かせないものとして定着していきます。

狭山茶の歴史は、平安初期に建立された天台宗の無量寿寺を中心に飲まれた河越茶に始まります。河越氏の滅亡により戦国時代に一旦廃れましたが、日本独自の「蒸し製煎茶」の広まりとともに、江戸後期の文化文政期に狭山丘陵の北側に広がる武蔵野台地(入間市、瑞穂町)において復興され、以後狭山茶と呼ばれるようになります。

通説では、鎌倉時代の僧栄西が日本にお茶をもたらしたとされています。その栄西の『喫茶養生記』にこんな件があります。「朝に採みて、即ち蒸し、即ち之を焙る。懈倦怠慢の者は為すべからざる事なり・・・緩からず、急ならず。終夜眠らず・・・採まんと欲する時は、人夫并に食物と炭と薪と巨多に割置きて後に之を採むのみ」と。

私が参加している手揉み製茶の体験は、真空パックで茶葉を冷凍保存し、5月11日、5月24日、6月7日の日中3回に分けて行われています。製茶の道具「焙炉(ほいろ)」は、ガスの火を用いています。
焙炉 台 焙炉 網 焙炉 金属板 焙炉 和紙を乗せたもの
冷凍保存した蒸した茶葉 茶葉の選別 エビを取る 手で揉む 乾燥
栄西がこれを見たら、何と言うでしょうか。

人類の進歩・文明の為せる業として評価するのか。
それとも、文化の頽廃として嘆くのか。
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