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11月25日、大豆の収穫を手伝いました。

急に冬が訪れたような、寒い一日でした。曇天の朝9時から雨が降り出した11時過ぎまで、一枚6反程の畑で大豆を収穫しましたが、兎に角、寒かったです。家に戻って、熱燗の酒を飲むことばかり考えていました。
トラクターと川口
もう少し早くに刈る予定でしたが、ここ2週間ほど、大豆の茎から種子までの水分を枯らす、収穫を促すような晴天と北風に恵まれず、作業は延び延びになっていました。当日の天気は収穫向きではありませんでしたが、前日雨が降らず夜風が吹き、大豆の茎と種子は程ほどに乾いて何とか収穫できる状態になっていたため、多少の無理を承知で収穫作業を行いました。
収穫直前の大豆
今年は、暑い夏の後、8月下旬は涼しくなり、9月に雨が続き、10月20日過ぎに例年より20日程早く霜が降りながら、その後比較的暖かく、北風も吹かず晴れの日も続かず、作物にとっては(北風が吹かず暖かくていいよね、と言っているそれを食す人間にとっても、実は)有り難くない、不順な日々が続いています。
仕事する川口 川口
植物は人と異なり、地温、気温、湿度、雨量、陽光に敏感で従順です。ちょっとした変化や非日常が、生育や開花、そして実りを左右します。場所を選べない彼らは、自らを変え周囲に対応することで、生き抜いてきたのかもしれません。畑に拘わる前だったら何も感じなかったかもしれませんが、今はよく、植物は何を考え、どう行動しているのか気になります。
元気な草
今年は、不作でした。理由は幾つかあるのでしょうが、天候不順がその一つであることは間違いないでしょう。草がこんなに青々と茂っている11月は、記憶にありません。例年なら、霜が降り、瑞々しい草はダメージを受け、土に還っているはずだと農家の方から聞きました。

気候の変動が大きなリスクとなっていることは間違いないようですが、この問題の本質は、暑い寒いより、私たちの感性が植物のそれと乖離してきていることにあるような気がします。暖房や冷房に囲まれ、植物と異なった環境の下で多くの時間を過ごし過ぎていることにより、実は私たち自身の内部に、より深刻な問題が生じているのではないでしょうか。

私たちが子供の頃は、寒暖に合わせ着物を着たり脱いだりしましたが、今の子供はリモコンでエアコンを調節し、一歩も動かず環境を変えてしまいます。

便利になることは、良いことなのでしょう。

しかしながら、私たちが進歩と呼ぶものは、何か大きな本質的な変異を起こしているような気がしてなりません。
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