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田植をしながら、考えました。

手間の掛かる、無農薬の手植え、です。現在多くの米農家は、ハウスで育苗し、田植え機で除草剤と殺虫剤を散布しながら苗を田に移植し、草取りは行いません。

何のために、こんなことをしているのだろう。

疑問に思った「こんなこと」とは、5月初旬に露地で育苗を開始し、6月中旬に田植、その1週間後から、はったんころがしを転がして草を取る、約2か月、稲と田んぼと親しみ、格闘した、人的労働依存の大時代な一連の農作業です。

1 育苗
田の土を長方形に区画し、ローラーで固めトンボのようなもので表面を掃き均し、稲の種を撒き、2cm程土を被せていき、「苗間」を作ります。
苗床作りのローラーとトンボ 苗床
これにパイプを使って白い網をトンネル状に被せ、毎日たっぷりと水を掛けます。1週間程すると芽が出て、2週間程すると青く育ってきます。
苗の芽 苗間の苗
2 田の準備
畔シートを止める竹の杭のようなものを、竹を切り、斧で6つに割り、先を削って作っておいてから、畔シートを張り、水を引き、代掻きをして、田の準備をしておきます。
竹杭 竹杭で止めた畔シート
3 苗取り
苗間を作ってから1月程したら、苗間に水を引き土を柔らかくして、育った稲の苗を1本1本、平らな面を親指と人差し指でつまみ、手前に引くようにして摘み取り、束ね、片手に持てる程度を一纏めにして、麦わらで縛り、田植をする田んぼに運びます。
苗取り 苗束
4 移植
植える苗が縦横、30cm間隔の直線に並ぶように紐を張り、移植します。
田への移植 田んぼ
5 田の草取り
移植から1週間程経って、はったんころがしを転がし、草取りをします。
はったんころがしを転がす川口 横姿 はったんころがしを転がす川口 正面
どれも、ずぶの素人には容易でない、骨の折れる、時間の掛かる作業でした。最初は何をしているのか分からず、従ってどこが肝なのか見当つかず、的外れに手足を動かすだけのことでした。ただの時間の無駄ではないかと疑い、非常な非効率だと思いました。

知り合いの、農薬を田植時1回しか使用しない、カメムシに食われ茶色になったものも混ざった米を出荷している減農薬の米農家でさえ「無農薬稲作を見てみたい。本当に出来るの?」と言います。不必要に労力を使った上に収支を黒字にするだけの収量を得られないだろうし、虫害が発生し場合によっては全滅してしまうリスクを何故負うのか、という疑問です。

私も、事業として採算を考えたら算盤に合わないだろうし、リスクを考えたら選択肢にならないと思われるし、安全性を考えてもそこまでする必要は恐らく無いと結論できると思うので、現代農業の在り様として、好ましいが必然では無い、と判断しています。

しかしながら、初めは断片でしかなかったものから、それらが繋がり全体像が見え始めてくると、作業に意味があるように思えてきました。米を作り売る、という意味では現代的な必然では無いかもしれませんが、それは農村の風景であり、文化として継承する必要があるかもしれないと思うようになりました。少なくとも、この体験を経なければ見えなかったものがあるように思います。

それは、効率とは何か。安全とは何か。環境とは何か、について考えるべき課題を実体験したからです。虫や草を取り除く薬品が人体に無害であるはずは無く、副作用の生じる化学物質を利用することが「効率」の真意なのか、「効率」と引き換えに、汚染と排除により生態系を変えていくことが私たちの目指す未来なのか、アブに刺され、草と格闘し、泥に足を取られながらへとへとになるまでカエルと一緒に肉体労働をしていると、数値ではなく自身の問題として「効率」や「安全」について考えるようになります。

文化とは、自分自身の置かれている状況の意味を知る手掛かりのようなもの、かもしれません。

徒に非効率や肉体酷使を推奨する積りはありませんが、「無駄を是認し、ちょっと辛い思いをしながら楽しむ」余裕を持ちたいものです。如何でしょうか。
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