FC2ブログ
私は、農業というと田んぼを思い浮かべていました。

田んぼは、私にとって懐かしい風景の一つです。私が生まれ育った所は大宮市と呼ばれた、確か当時20万人程度の人口を有する東京近郊の都市でした。街中で育ったとはいえ、学区域の直ぐ外側、自宅から歩いて30分もすると、見沼田んぼが、江戸時代に作られた手前の用水と遠くに見える広葉樹の林の間に広がっていました。
田んぼにいた鶴っぽい鳥 鷺かも 大分育った私たちの田んぼ
従って「田んぼは日本人の原風景」と誰かが言っても、違和感は全くありませんでした。私の心象風景ですから。

ところが、同じ埼玉の所沢や入間に行くと、田んぼはありません。農業というと畑作であって、水稲作ではありません。ハレの日の締めは、うどんだと聞きます。米ではなく、小麦文化なのです。

最初に農業の修行先に選んだ土地で出会ったのは、田んぼの無い世界。正直かなり、ショックを受けました。「田んぼ、無いんだ。出来ないんだ」自分自身が崩れるような、何か拠り所を失ったような感じがしました。

それからは、田んぼの無い農業風景が、むしろ当たり前になりました。

よく考えてみると、農耕民族の弥生人ではなく狩猟採集民族の縄文人が日本人のルーツで、江戸時代に米を作った農民が米を満足に食べられなかったと教わった記憶がありますが、必ずしも多くの日本人の主食となっていなかったのならば、何が何でも「田んぼ」「米」とはならないように思います。

やっと日本人全てが腹いっぱい米を食べられるようになったら、食べなくなってしまった(参照:”米離れ止まらず”)。日本=田んぼ、日本人=米。そんな単純化は、誰かの策略・作為・誘導ではないかと思ってしまいます。

8月1日(月)小さな私たちの田んぼの草を、一人、1日かけて取りました。

何時間も中腰になって、強い日差しに皮膚を焼き、汗をかき蚊に食われながらの作業は、大変です。私にとっては、自分の仕事なのでやって当たり前の労働です。しかしこの作業が私たちの原風景を保つことなのだとすると、もの好きなお前がやっていればいい、と簡単に済まされないように思います。「日本人の原風景」だとか「日本人の心」というものがあるとするならば、それらを実体化させる私たち個々人の精神と肉体の活動が無くてはならないでしょう。

何もせず「癒される」「これが原風景だ」などと言っているなら、それはただの観光であり、レクリエーションでしかない。生活が商品化され切り売りされ、全てを金で買っていると、人は、生活という商品の消費者となり、人は生活そのものから離れた虚ろになっていくように思います。

日本人の原風景とか日本人の心とか言うのであれば、それらは自分の時間を割き、自身がその実体の一部となるよう努力することを求められるもの、であるように思います。

集合的な意味での原風景とは、実際にそれがあったとしても、過去に見たどこかでは無く、次世代に残すべき未来の現実としてあるべきもの、残す努力をするもの、なのでしょう。

田んぼが無くても、誰も困らないかもしれない。あってもなくても、残っても残らなくても、どんなに遠く遥かなことであっても、自分が全く無関係ではないという事実を忘れたくないと思います。

他人事として、良い、とか、悪い、とか言うの、止めませんか。

6時前。朝露に光る稲は、美しかった
田植え後1~2週間の稲 朝露に濡れる稲
田植後2週間の私たちの田んぼ アングル角から 8月1日 私たちの田んぼ
田植をして1ヵ月とちょっとですが、随分と育ちました
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

  • URL
  • コメント
  • パスワード
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/tb.php/408-dc31f9f5