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11月13日(日)はざかけしておいた、私たちの田んぼの稲を脱穀しました。

脱穀は、10時過ぎに始め2時間ほどで12時半前に終えました。昼食を済ませて、13時過ぎから乾田に積み上がった稲藁を束ねた後、夕方1時間ほど籾摺りをし、玄米の袋詰めまで行いました。
4袋、119kg 。3人家族1年分ほどの収穫です。
脱穀直前の、はざかけした稲 玄米 
種撒きから始まり、苗を作り、畔シートを張り、田植えをし、草を取り、テグスを張り、稲を刈り、はざかけし、脱穀し籾摺りをするまで、自分たちで行いました。
「米、作ったよ!」と胸張って言いたいところですが、代掻きと最重要と思われる水の管理をしていないので、時間数と作業内容からして労働し成果を得たことには間違いない無いのですが、未だ体験の域を出ていないように感じています。
来年以降、経験を積み、全てこなせるようになりたいと思います。
脱穀開始 はざかけの稲と脱穀機 脱穀している稲
脱穀終了 稲の無いはざかけと脱穀機 脱穀すると稲は反対側に積み上がっていく
今後数年で耕地整理が進められ、私たちの小さな田んぼは恐らく無くなってしまうでしょう。直角を持つ矩形に整理されることは縦横真直ぐに稲を植えるために役立ちますが、大きさの大小があることにより、家族3人用の田んぼとか、仲の良い2家族向けの田んぼとか、一人暮らしのためのミニ田んぼとか、それぞれの目的や収量に応じた区画を用意し、農作のある日常が当たり前になる社会へと進んでいく方が、私には好ましく思われます。

何より、効率とは必ずしも規模の拡大では無いこと、即ち、目的に応じて効率を実現する方法は異なり、それ相応の適切な規模というものがあること、を考える必要があると思います。

多様性とは、単一種が規模を拡大していくことではありません。多様性が常にもたらす変化に速やかに対処し自らも変わり環境に適応していくための戦略は、規模を拡大し只管同じことを繰り返すことでコストダウンを図る資本主義的な思考法からは生まれないと思います。

田んぼで生物多様性にちょっとだけ触れて、現代社会が好んで追及するモノカルチャー的な効率とは異なった、未だよく理解できていないのですが、一見非効率に見える多様性の中の効率という概念があって、それが何かとても大事なことだと思うようになりました。

頭でっかちな米作り、だったような気もします。体を動かしヘトヘトになったのも事実ですが、結構いろいろなことを考えました。以下は、炎天下、田んぼで作業した時に思ったことを綴ったブログです。

「田植考‐文化としての農業」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-407.html
「田植考‐田んぼは日本人の原風景か」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-408.html
「田植考‐環境とは何か」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-409.html
「田植考‐ヒトは水田から何を得られるか」
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-410.html

「田植えの準備をしました」(苗間作り)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-397.html
「田植は腰が痛いんだよ」(田植)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-403.html
「はったんころがし」(草取り)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-404.html
「稲を刈りました」(稲刈り)
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-421.html
our田んぼourペース
http://harukazenowarai.blog90.fc2.com/blog-entry-405.html
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