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先週土曜日に、四十九日の法要を行いました。

喪に服す日々から日常へと戻り、安堵感のようなものがあります。

家に遺骨が無くなり後飾り壇を片付けてみると、今は静かな空虚が広がっていて、心を落ち着けてくれるように感じます。

2年ほどの短い時間でしたが父と同居して、生きること、死ぬこと、人であること、について様々なことを考えさせられました。

これからは、それらを反芻し、自分なりの考えとしてまとめて行きたいと思います。そしてこのことが、父に対する供養であるような気がしています。

亡くなる3日前の父。
2月11日虚空を見つめ微笑む父(亡くなる3日前 目が開いている)
虚空を見つめ微笑んでいたので、すぐ横にあったスマホを取りシャッターを切りました。
最後の写真です。
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3月5日(金)ジャガイモを植えました。

いつもの手順ですが、今年は40cmの尺が用意されていました。これで芋と芋との間隔は、ほぼ揃います。進化を感じました。
芽出しした種芋
芽の数を減らすために芽を適当に落とせる位置で、芋を半分に切ります。
芽を除けるように芋を半分に切る
芽を落とします。
半分に切ってから芽を落とす
腐敗防止のためのシリカを付けます。
腐食防止のため切断面にシリカを付ける

シリカを付けた種芋
一畝分の1/4程度のシリカを付けた芋をプレートに載せ、畝まで運びます。
運びやすいようにプレートに芋を載せる
畝間の土を右手で軽くかいて小さな窪みを作り、そこに芋を置き、40cmの尺で間隔を測ってまた土をかき、芋を置きます。
尺_芋と芋の間は40cm
この動作をプレートの芋が無くなるまで、繰り返します。
芋を畝間に置いていく
芋を置き終わったら、管理機で土を掛け、終了。
管理機で土を被せる
管理機は、真直ぐ押すようにして芋に適量の土が被るように操縦しなくてはいけません(押すように動かすのは、下方に潜って土を掘り返してしまい、必要以上の土を芋に被せないためです)が、真直ぐが上手く取れず、芋と管理機との距離を適切に保てなかったため、土の被りが浅く、後で三角鍬を使い、右側の畝から土を少々削って被せる修正をしなくてはなりませんでした。

何年も農機具を使っていなかったので、何処をどう押せば動き、調節できるかさえ忘れていたので当然と言えば当然ですが、何で出来ないんだ、と管理者に叱られたのにはちょっと堪えました。ああ、百姓の道は遠い、と。

次は、芽欠き。5月の連休前後です。
今週末、四十九日です。

毎朝遺骨に線香をあげ、役所に行き、銀行に行き、墓地に行き、坊さんと段取りを組む日々もそろそろ終わります。

過日、父の出生からの戸籍を得るために、片道3時間かけて群馬まで行ってきました。現戸籍で3つ。出生に遡るための戸籍が3つ。一人の人間について、計6つの戸籍の束が必要とされ、役所に支払った額は3,900円でした。

役所が儲けるために戸籍はあるのかと、結構腹が立ちました。西洋かぶれした律令制度を生きる、現代の日本人。一体、私たちは何者なのか、不思議に思います。

(現戸籍制度は1872年の壬申戸籍の延長線上にあり、670年の庚午年籍に繋がっています。建国記念の日が1873年に定められた紀元節であり、神(天照大御神)の五世孫である神武天皇の即位の日だという神話の国だから、古代がすぐそこにあっても何の不思議もないのかもしれません)

帰りに畑に寄り、ジャガイモを植えてきました。
ジャガイモを植えました=20210305
花咲く大地をパワーショベルが、荒々しく掘り返していました。
花咲く大地を掘り返すパワーショベル
春だよ、と優しく囁きかけてくれる、薄紫の美しい花が一面に咲いていた心和む風景が無残にもこの世から消滅させられていることに、自分の自由になる土地では無いので全くの見当外れな憤りですが、ちょっとした怒りを覚えました。

所有という概念を手にした人間は、自分の小さな土地を、それぞれ勝手にどんどん掘り、空に向かってへんてこりんなオブジェを建てていきます。

何で人間は、そこにあるものをそのままにしておくこと、が出来ないのかな。

花咲く土地が全て掘り返されても、春は春なんだろうけれど。
台地に鉄板を置く
医者からの指示で、昨日からサプリメントを飲み始めました。

サプリメントなんて、と今までは思っていました。食事をきちんと取っていれば、そんなものは必要ない。むしろ過剰摂取や栄養バランスを壊す、現代人の悪習だと忌み嫌っていた向きがありました。それが、今は毎日一錠です。

昨秋体調を壊し(参照:ブログ「10kg痩せました」)月一回の通院と毎朝薬を飲むことが日常になりました。大分良くなったのですが、体重は中々戻りません。更に、投薬の副作用で味覚がおかしく妙な苦みと渋みを感じるようになり、酒が不味くなってしまったのです。

検査の結果、亜鉛が不足しているということで、亜鉛を毎日飲むことになりました。
亜鉛サプリ
投薬もいまいち効果が出ていないので、来月から投量を増やさなくてはならないかもしれません。体重も戻らず、歯がゆい日々を送っています。

とは言え、重い一年を経て最悪期は脱したようなので、一日一日、真面目に過ごし、自分を生きて行けるよう努力しようと思っています。

今月、プリーモ・レ-ヴィと徐京植の「プリーモ・レーヴィへの旅」を読み返しました。今日から、読み終えることが出来なかった、ツヴェタン・トドロフの「極限に面して」を読み始めました。心のサプリメント、かな。
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