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5月9日(日)今年初めての草刈りに行ってきました。

久しぶりの草刈り機。補給燃料が無かったので消費燃料のことばかり気に掛かり、途中からは時間も気になり出し、上手く機械を扱えず、良い加減に刈ってしまいました。基本に忠実であることが最良なはずですが、クオリティかコスト(時間と燃料)を犠牲にせざるを得ない半人前以下の私は「効率良くね」と言われるとその呪縛に抗しきれず、悪い方悪い方に転がってしまいます。
草刈り20210509
時間で決められた多人数での共同作業なので、個々人の技術の巧拙が作業自体に直接の影響を及ぼします。ともあれ、燃料補給もせず、所定の時間内に所定の場所の草は刈りました。

周囲が気になり、作業に集中できなかった自分に腹が立ちます。次は7月。イメトレでもして、多少なりとも改善して臨もうと思います。

8時から3時間草刈りをした後、12時過ぎまで畑の石拾いをしました。午後も継続し、13時過ぎから17時まで。トラクターで掘り返した砂地のような畑を歩き石を拾って集め捨て、の繰り返しです。大した仕事では無いのですが、結構体にきます。途中で体が重くなり、持たないかな、と思いましたが、何とか最後まで作業を続けることができました。
麦畑20210509
車を停めた麦畑の横でコーヒーを一杯飲み一息ついてから、家路に着きました。麦の香りを仄かに運ぶ、乾いた風が心地よい。体は節々痛みましたが思ったほど疲労は無く、比較的空いている道を気持ちよくドライブしました。
4月24日(土)ジャガイモの芽欠きをしました。

ジャガイモは、元気に育っていました。
元気に育っているジャガイモ
暖かいのですね。いつもなら連休前後に行うのですが、既に遅いぐらいでした。早く来いと督促を受けて畑に行きましたが、確かに、ぎりぎり間に合ったという感じです。
芽欠きした芽
2本芽を残して後は取り除くのですが、片手で土を掘り茎を掴み、途中で切れないように静かに引き抜くのは、結構難しいものです。上手く取れると、先に小さなかさぶたのような、恐らく種芋の皮だと思いますが、茶色いものが付いています。残念ながら、私が除いたものには無かったように思いますので、またも百姓失格です。

芽を欠いた後、後作業があります。管理機で土寄せをして、葉にかかった土を払い根元に土をかけるのですが、管理機の土寄せも上手くいきませんでした。管理機自体は小さな二輪が後輪として付けてあって扱い易かったにも拘らず、上半身に力が入ってしまいました。加えて、直前の管理者の作業を見て、あそこまで寄せるんだと真似た積りでしたが、「寄せ過ぎ」と駄目出しを受けました。
土寄せ 前から

土掛け 後ろから
悩み多き私の農業ですが、兎も角も小一時間で私の分一畝、芽欠きを終えました。収穫するイモの数が減り、その分大きくなるという人間の目論見です。ジャガイモにとって良いことかどうか分かりませんが、畑はすっきりしました。
芽欠き後
良い天気で、心地よく汗をかきました。近くでヒバリが楽し気に唄っていましたが、ひょっとすると「こら人間。畑なんぞという反自然で、植物虐待をしおって」と怒っていたのかもしれません。
芽欠きした芽の山
朝9時から12時半まで、ジャガイモ畑で自分の分とお手伝いを少々。午後は1時半から薪運びと圃場の石拾いをして、5時半、帰路につきました。
4月18日(日)西伊豆戸田に、行ってきました。
戸田frm出会い岬_20210419
非常事態宣言が解除されたので、久しく訪ねていなかった隣県に一人住むアルツハイマーの叔母に、4月初め、会いに行きました。その時「美味しい魚を食べに戸田にまた行きたい」と言うので、即決で戸田への小旅行をすることにしました。2年会わないうちかなり病気が進行している様子で、これが最後の旅行になるかもしれないと思ったからです。

コロナ禍で旅行、どうなんだろうと思いますが、身勝手を申し上げると行って良かったです。叔母と母と叔母の友人と私の4人。修善寺で蕎麦を食べ、達磨山で富士を見て、戸田で温泉に浸かり、魚を食べ、また富士を見て、皆愉快に笑い、それぞれに楽しい思い出を持ち帰りました。特に叔母は、行きと帰りでは顔つきが全く変わり、険しい目つきが優しい眼差しになっていました。
達磨山から富士を見る_20210418

お造り@ときわや_20210418

出会い岬にて富士を望む-20210419
戸田の富士を見てから海岸沿いを気持ちよく走り、三津三叉路を右折して内陸部に入り伊豆長岡を経て三島駅まで、叔母とその友人を送りました。1時間半前、宿で精算していたのに「お金払わなきゃ」と路上で財布を出した叔母に「もう貰ったよ。宿で」「嘘~」「嘘なんかつかないよ。車が来るから早く行って」と言葉を交わして別れました。

3時頃、叔母の友人から電話がありました。

「無事帰りました。ありがとうございました。これが最後の旅行でしょうね」

「また行けないかな」

電話を切ってから、一人取り残されたように感じながら、呟いていました。

母には叔母から電話があったので、蕎麦を食べたことやお金を払ったことは忘れても、旅の記憶は残ったようです。
先週土曜日に、四十九日の法要を行いました。

喪に服す日々から日常へと戻り、安堵感のようなものがあります。

家に遺骨が無くなり後飾り壇を片付けてみると、今は静かな空虚が広がっていて、心を落ち着けてくれるように感じます。

2年ほどの短い時間でしたが父と同居して、生きること、死ぬこと、人であること、について様々なことを考えさせられました。

これからは、それらを反芻し、自分なりの考えとしてまとめて行きたいと思います。そしてこのことが、父に対する供養であるような気がしています。

亡くなる3日前の父。
2月11日虚空を見つめ微笑む父(亡くなる3日前 目が開いている)
虚空を見つめ微笑んでいたので、すぐ横にあったスマホを取りシャッターを切りました。
最後の写真です。
3月5日(金)ジャガイモを植えました。

いつもの手順ですが、今年は40cmの尺が用意されていました。これで芋と芋との間隔は、ほぼ揃います。進化を感じました。
芽出しした種芋
芽の数を減らすために芽を適当に落とせる位置で、芋を半分に切ります。
芽を除けるように芋を半分に切る
芽を落とします。
半分に切ってから芽を落とす
腐敗防止のためのシリカを付けます。
腐食防止のため切断面にシリカを付ける

シリカを付けた種芋
一畝分の1/4程度のシリカを付けた芋をプレートに載せ、畝まで運びます。
運びやすいようにプレートに芋を載せる
畝間の土を右手で軽くかいて小さな窪みを作り、そこに芋を置き、40cmの尺で間隔を測ってまた土をかき、芋を置きます。
尺_芋と芋の間は40cm
この動作をプレートの芋が無くなるまで、繰り返します。
芋を畝間に置いていく
芋を置き終わったら、管理機で土を掛け、終了。
管理機で土を被せる
管理機は、真直ぐ押すようにして芋に適量の土が被るように操縦しなくてはいけません(押すように動かすのは、下方に潜って土を掘り返してしまい、必要以上の土を芋に被せないためです)が、真直ぐが上手く取れず、芋と管理機との距離を適切に保てなかったため、土の被りが浅く、後で三角鍬を使い、右側の畝から土を少々削って被せる修正をしなくてはなりませんでした。

何年も農機具を使っていなかったので、何処をどう押せば動き、調節できるかさえ忘れていたので当然と言えば当然ですが、何で出来ないんだ、と管理者に叱られたのにはちょっと堪えました。ああ、百姓の道は遠い、と。

次は、芽欠き。5月の連休前後です。
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